2026年5月22日、自民党の「国旗の損壊等に関する制度検討プロジェクトチーム(PT)」は、日本国旗を損壊した場合に刑事罰を科す「日本国国旗損壊罪(仮称)」の創設に向けた法案骨子案を大筋で了承しました。
日本の現行法では、外国の国旗を損壊する行為は刑法で処罰されています(外国国章損壊罪)。しかし、自国である日本の国旗には同様の規定がなく、「外国の旗は守られるのに日本の旗は守られない。これはおかしい」という声が、特に保守系の政治家から長年上がり続けてきました。
高市早苗首相はこの問題を長年の「悲願」として取り組んできた人物です。2012年にも同様の刑法改正案を議員立法として国会に提出しましたが、国会解散により廃案となり、2021年の試みも実現しませんでした。2025年10月、自民党と連立パートナーの日本維新の会が締結した連立政権合意書に「今国会での制定」を明記したことで、今回いよいよ本格的な法案策定へと動き出したのです。
「国旗損壊罪」骨子案とは
罰則対象となる行為
骨子案では、罰則の対象を「人に著しく不快感や嫌悪感を抱かせるような方法で、自ら公然と国旗を損壊・除去・汚損する行為」と定めています。
さらに注目すべき点が一つあります。「自ら損壊等している状況を『ライブ』配信する行為」についても、「公然と」に当たるとして罰則の対象に含まれました。SNSなどでリアルタイムに配信しながら国旗を燃やしたり、汚損したりする行為は処罰される、ということです。
罰則は、現行の外国国章損壊罪と同じく「2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金」が科されます。
対象となる「国旗」の定義
骨子案では、損壊が禁じられる「国旗」を「一般に布・紙などで作り、主に竿に掲げて、標識・装飾とするものをいい、実社会で用い得るもの(有体物)」と定めています。
つまり、物理的に実在するものに限られます。
お子様ランチの旗やアニメの国旗はどうなる? 対象外の具体例
骨子案が世間で最も注目を集めた点の一つが、「対象外」として明記された具体例の豊富さです。過剰規制への懸念に応えるため、丁寧な線引きがなされました。
罰則の対象外とされたもの(主な例):
- お子様ランチの旗(料理の飾りなど、国旗の用途として認識されないもの)
- 絵画の一部として描かれた旗
- アニメ・漫画・ゲーム、生成AI等による創作物
- 実物の国旗を用いた実写映画等の芸術的表現(社会通念上、相当と認められるもの)
「お子様ランチの旗」という具体例が骨子案に盛り込まれたことは、ネット上でも話題を呼びました。一見すると微笑ましい話題に聞こえますが、これは「どこまでが国旗か」という解釈の難しさを端的に示すものでもあります。
国旗に「該当するか否か」の判断基準は「社会通念上、国旗の用に供していると認識されるもの」とされていますが、この「社会通念」という概念は、実際の運用においてどのように判断されるかが一つの課題として残ります。
自民党内でも「慎重論」が噴出 了承までの経緯
実は、今回大筋了承された骨子案は、当初案からの「修正版」です。
5月15日に開かれた最初のPT会合では骨子案が提示されたものの、出席者から慎重意見が相次ぎ、了承が見送られました。岩屋毅前外相は「過剰規制だ。国民に萎縮効果を招きかねない」と懸念を表明。西田昌司参院議員からも「罰則を設けるのはいかがか」という声が上がりました。
さらに自民党のベテラン議員からは、「国旗を傷つける行為が社会問題化しているかといえば、そうでもない。立法事実(新たな法律を作る根拠となる事実)も不十分だ」という本音も聞こえてきます。
こうした党内の慎重論を受けて骨子案が修正され、対象外の具体例を明確化するなどの措置が盛り込まれた上で、5月22日の会合で大筋了承に至りました。

法曹界・人権団体から上がる懸念 表現の自由との緊張関係
一方、法曹界や人権団体からは根強い反対意見が出ています。
札幌弁護士会と広島弁護士会は、2026年2月に反対声明を発表。「憲法19条が保障する思想・良心の自由、および憲法21条が保障する表現の自由に対する重大な侵害となるほか、憲法31条の罪刑法定主義にも反するものであり、違憲である」と指摘しました。

ニューヨークに本部を置き、世界約90か国の人権状況を監視する国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」も「国連人権委員会は表現の自由に関する一般的意見で、国旗やシンボルへの不敬に関する法律への懸念を表明している」と述べ、国際人権法との整合性に疑問を呈しています。
批判の核心は、「国旗を損壊する行為」が、単なる器物の破壊ではなく、政府への抗議や思想表明という表現行為としての側面を持ちうる点です。アメリカでは、連邦最高裁が国旗損壊禁止法を「象徴的言論の自由」を侵すものとして違憲と判断した判例があります。日本でも「国旗を燃やすという行為で政府に異議を唱えることも、その人の意思表示だ」という考え方が存在し、こうした行為に刑事罰を科すことの是非は、単純に割り切れない問題をはらんでいます。

今後の見通し 今国会での成立を目指す
自民党は修正された骨子案を元に法案条文の策定作業を進め、今国会(2026年通常国会)での成立を目指す方針です。
与党側は「外国国旗には罰則があり、自国旗にないのは矛盾」という立場を崩していません。一方で「立法事実が不十分」「表現の自由を侵害しかねない」という懸念も根強く残っています。
今後の国会審議の中で、「どのような行為が具体的に処罰されるのか」「芸術・政治的表現はどこまで守られるのか」という点を巡り、議論が深まることが予想されます。
国旗損壊罪は、国家のシンボルをどう守るかという問題であると同時に、私たちの表現の自由や思想・良心の自由が、日常生活の中でどこまで保障されるのかを問い直す、重要な立法課題といえるでしょう。
