2025年5月、マイナンバーカードを取得したあと、「本人希望・その他」という理由で廃止されたカードが、2025年7月末時点で累計約93万枚に上ることが明らかになりました。
カードの廃止理由には、有効期限切れ・死亡・紛失・国外転出・本人希望・その他など複数の種別があります。今回注目されているのは、そのうちの「本人希望・その他」という区分です。これには、転居の繰り返しによる再発行のほか、いわゆる「自主返納」も含まれています。
93万枚が「本人希望」で廃止――自主返納の実態
総務省はこれまで、自主返納の件数を正式に把握していませんでした。しかし、個人情報のひも付けミスが相次いで発覚した2023年6月分の廃止枚数について、12自治体を対象に調査したところ、「本人希望・その他」のうち自主返納が約4割を占めていたことが分かりました。会計検査院はこの結果を踏まえ、「カードの保有に国民が不安を感じて自主返納が増加した可能性がある」と言及しています。
なお、専門家の分析によると、会計検査院の効果測定調査ではマイナンバーカードの返納割合は全体の約0.2%とされており、内訳は「マイナカードへの不信」「使わない」「理由なし」がほぼ同程度とされています。全体の発行枚数に当てはめると、マイナカード不信による純粋な自主返納数は20〜30万枚程度と推計されます。
国民の税金2兆円超を投じたマイナポイント事業とは
そもそも、なぜこれほど多くの人がマイナンバーカードを持つようになったのでしょうか。背景には、国が長年にわたって実施してきた大規模な普及施策があります。
その最たるものが「マイナポイント事業」です。マイナンバーカードの新規取得や健康保険証としての利用登録(マイナ保険証)などを条件に、最大2万円分のポイントを付与するこの制度は、多くの国民の行動を動かしました。
マイナポイント第2弾では、2021年度補正予算に1兆8,134億円が計上されています。今回の会計検査院の調査では、マイナポイント事業の消費活性化効果は約2兆4,604億円と試算されており、カードの申請件数は事業実施前後で6,000万件以上増加したとされています。
一方、東京新聞の独自調査では、マイナ保険証の導入に関連して2014〜2024年度に国が投じた総コストは少なくとも8,879億円に上ることも明らかになっています。国民一人ひとりの税金が、この巨大な普及事業を支えてきたのです。
なぜ国民は不安を感じ、返納が増えたのか――相次ぐトラブルの記録
2023年5月ごろから、マイナンバーカードに関するトラブルが次々と表面化しました。主なトラブルを以下に整理します。
マイナ保険証への別人情報のひも付け
厚生労働大臣が2023年5月に記者会見で発表した問題です。マイナンバーカードを医療機関で保険証として使った際に、別人の健康保険情報がひも付けられていた事例が7,300件以上あったことが判明しました。健康保険組合などの保険者が被保険者の保険証をマイナンバーカードとひも付ける際に、登録を誤ったことが主な原因とされています。

コンビニでの証明書の誤交付
コンビニエンスストアで住民票の写しや戸籍証明書を取得できるサービスで不具合が生じ、他人の証明書が交付されるというトラブルが発生しました。身分証明書に関わる書類が見知らぬ他人に渡るという事態は、多くの国民に強い不安を与えました。
公金受取口座の誤登録
給付金などを受け取るために登録する「公金受取口座」でも問題が起きました。自治体の窓口端末でログアウトを忘れたまま次の人が操作を行ったケースなどにより、13万件超の誤登録が発生したことが明らかになりました。
マイナポータルでの他人の年金記録の閲覧
マイナンバーカード取得者向けの公式サイト「マイナポータル」において、他人の年金記録が閲覧できてしまう状態になっていたことも発覚しました。
これらのトラブルが立て続けに明るみに出たことで、国民の不信感は一気に高まりました。共同通信が2023年7月に52市区を対象に実施した調査では、マイナンバーカードの自主返納が5月以降で少なくとも計318件あったことが確認されており、「情報漏えいが不安」「制度に不信感がある」といった理由が目立ちました。4月の返納数は20件程度だったことと比較すると、いかに急激に返納が増えたかが分かります。
自主返納が続けば、税金の無駄遣いになりかねない
ここで改めて考えなければならないのは、マイナンバーカードの普及策に投じられてきた国民の税金との関係です。
政府はこれまで、マイナンバーカードを普及させるために巨額の費用を税金から支出してきました。マイナポイント第2弾の予算は約1兆8,000億円規模に上り、ポイント付与のほかにもシステム整備、広報、自治体への補助など、あらゆる分野に多額の費用が投じられています。
しかし、マイナンバーカードのトラブルが相次いだことで国民の不安と不信は大きく高まり、せっかく取得したカードを自主返納する動きが出てきました。今後も自主返納が相次ぐようであれば、マイナンバーカードの普及に急ブレーキがかかることになりかねません。
マイナポイント事業に投入された国民の税金は、カードの普及という本来の目的を十分に達成できるのでしょうか。自主返納が広がることで、これだけの税金を投じた施策が「絵に描いた餅」になってしまうことへの懸念は、決して小さくないのです。
返納する前に知っておきたいこと――デメリットを正しく理解する
マイナンバーカードの自主返納を検討している方に、ぜひ知っていただきたい重要なポイントがあります。
カードを返しても「マイナンバー」は消えない
これは非常に重要な事実です。マイナンバーカードを返納しても、国民一人ひとりに割り当てられた12桁のマイナンバー(番号)そのものは消えません。住民票コードや氏名・住所・生年月日などの基本情報も引き続き行政に登録されたままです。
つまり、「カードを返せば個人情報の管理から外れる」というのは誤解であり、返納はカードというツールをなくすだけで、マイナンバー制度から離脱できるわけではないのです。
再発行には手数料がかかる
いったん返納してしまうと、再びカードを取得したい場合は再発行の手続きが必要となり、カード発行に800円、電子証明書の発行に200円(同時申請の場合) の手数料が必要になります。
マイナ保険証が標準となった今、利便性が失われる
現在は健康保険証のマイナンバーカードへの一体化が進んでいます。マイナ保険証を持たない方には「資格確認書」が発行される仕組みも整備されていますが、将来的にカードを持たないことで受けられるサービスや行政手続きの利便性が低下する可能性があります。
返納しても不安は解消されない
カードを返納したとしても、行政機関にひも付けられたマイナンバー情報はそのまま残ります。「不安だから返納する」という気持ちは理解できますが、返納によって個人情報に関するリスクが根本的に解消されるわけではない点は冷静に認識しておく必要があります。
まとめ――制度への信頼回復が最大の課題
今回の会計検査院の調査は、マイナンバー制度の「光」と「影」を同時に浮き彫りにしました。マイナポイント事業が消費活性化に約2兆4,604億円の効果をもたらし、カードの普及が着実に進んだ一方で、相次ぐトラブルへの不信感から自主返納が生じ、マイナ保険証の登録解除や公金受取口座の登録抹消も発生しています。
国民にとって大切なのは、正確な情報に基づいて冷静に判断することです。マイナンバーカードを返納するかどうかは個人の自由ですが、その前に「返納しても番号は消えない」「再発行には費用がかかる」「利便性を失う可能性がある」という事実をしっかりと理解したうえで決断することが重要です。
そして政府・行政には、今回の一連のトラブルを真摯に受け止め、再発防止策と情報管理体制の抜本的な強化によって、国民の信頼を取り戻す努力が強く求められています。巨額の税金を投じた施策が真に国民の利益につながるためには、制度の信頼回復こそが最大の課題と言えるでしょう。
