2026年7月5日午後6時半ごろ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」が、地球から約1億キロメートル離れた小惑星「トリフネ」への最接近を果たしました。
探査機は正常な状態を保ったまま、超高速で至近距離を通過する「フライバイ」観測に挑み、無事に成功したと発表されています。今回の挑戦は、単なる天体観測にとどまらず、将来の地球を小天体の衝突から守る「プラネタリーディフェンス(地球防衛)」技術の実証という大きな意味を持っています。
本記事では、今回のミッションの概要と技術的な見どころ、そして今後の展望について整理します。
トリフネとはどんな小惑星か
トリフネは、正式には「2001 CC21」という符号を持つ地球接近小惑星(NEO)です。
2001年に発見され、2024年に「トリフネ」という愛称がつけられました。自転周期は約5時間で、細長い形状をしており、長い方の差し渡しは700メートル程度と見られていますが、地上からの観測だけでは形状やサイズの誤差が大きく、実際に接近してみないと正確な姿は分かりません。
当初はリュウグウのようなC型小惑星とは異なるL型小惑星と考えられていましたが、その後の観測でイトカワと同様のS型小惑星である可能性が高いことが分かってきました。
名称の由来は日本神話における神や神が乗る船の名前で、はやぶさ2が高速でこの小惑星とすれ違うフライバイを安全に行えるようにという願いが込められています。
「超近接フライバイ」という高難度ミッション
今回の最大の見どころは、探査機を小惑星のごく近くまで接近させる「超近接フライバイ」という手法です。
当初は接近距離1km程度が探査機の姿勢制御能力の限界と検討されていましたが、最終的には小惑星の中心からわずか800m程度まで接近する計画に決定されました。これは、相対速度秒速約5.2km、時速にすると約1万8700kmという超高速でのすれ違いになります。
はやぶさ2はもともと小惑星に着陸して詳細な観測を行う「ランデブー」型の探査機であり、遠方から高精度な画像を得られる望遠鏡のような装置は搭載していません。そのため、良質なデータを得るには、できるだけ小惑星に近づく必要があります。一方で近づきすぎれば衝突のリスクが高まるため、接近距離の設定には慎重な検討が重ねられてきました。
JAXAのはやぶさ2拡張ミッションチームのチーム長は、この精密制御の難しさを「沖縄から北海道にある1円玉を射抜くくらい」と表現しています。今回の運用では、リュウグウ到着時に用いたカメラ画像と電波航法を組み合わせる「光学電波複合航法」をベースに、新たな航法誘導手法が導入されました。
なぜ「地球防衛」に役立つのか
天体の近傍を通過する飛行技術「フライバイ」は、プラネタリーディフェンスの土台となる技術とされています。高速フライバイ運用には非常に正確な探査機ナビゲーション技術が必要であり、この技術の獲得は、探査機を小さな天体へ正確に命中・衝突させる技術の基盤となります。
将来、地球に衝突する可能性のある小惑星が発見された場合、探査機を衝突させて軌道をわずかに変える対策が検討されていますが、そのためには小さく暗い小惑星へ正確に接近し、狙った軌道へ探査機を導く技術が不可欠です。
米航空宇宙局(NASA)も2022年に探査機DARTを小惑星に衝突させ、軌道変更に成功しており、各国がこの分野の技術獲得を加速させています。今回のトリフネフライバイで得られる精密な軌道制御の実績は、日本がこの国際的な取り組みに貢献するための重要な一歩となります。
老朽化と向き合いながらの長い旅路
はやぶさ2は2014年12月に打ち上げられ、2020年12月にリュウグウの砂を収めたカプセルを地球に届ける当初の任務を完遂しました。その後、機体の健全性と燃料の余裕を活かして拡張ミッションに出発し、総飛行距離は2026年7月5日時点で約107億3000万キロに達しています。
しかし、探査機の状態は決して万全ではありません。4台搭載されているイオンエンジンのうち3台は性能劣化が顕著になっており、頼みの綱である残る1台にも劣化の兆候が見られ始めています。過酷な深宇宙環境を旅する中で、いつミッションが終わってもおかしくない状況が続いているのです。それでもチームは限界に近い運用を続けながら、貴重なデータの取得に挑んでいます。
今後の展望―最終目的地1998KY26へ
トリフネでの観測を終えたはやぶさ2は、最終目的地である小惑星「1998 KY26」に向けて飛行を続けます。到着は2031年7月の予定で、途中で2027年と2028年に地球スイングバイを実施する計画です。
1998KY26は非常に小さく高速で自転している天体とされ、地球接近小惑星の理解を深めるうえでも重要な観測対象です。今回のトリフネフライバイで得られた精密な航法誘導の経験は、この最終目的地への到達や、その先のプラネタリーディフェンス技術の発展にも生かされていくことになるでしょう。
まとめ
はやぶさ2による小惑星トリフネへの超近接フライバイは、老朽化しつつある探査機を用いた挑戦的なミッションでありながら、無事成功を収めました。地球から1億キロも離れた場所で、わずか800m先を秒速5kmで通過するという精密な航法技術は、将来の地球防衛技術の礎となるものです。JAXAは7月6日に説明会を開き、詳細な結果を報告する予定です。今後公開される観測画像やデータにも注目していきたいところです。
