2026年6月13日、愛知県一宮市に本社を置く電気工事会社「トーカイテック株式会社」が、公式TikTokアカウントに1本の動画を投稿しました。時間にして約19秒。しかしその短い映像が、約10日後にSNS上で爆発的に拡散され、同社に大きな批判が集まる「炎上」へと発展しました。
東海道新幹線という日本の大動脈を支えるインフラを担う企業が、鉄道架線のような高所設備の上で作業員がダンスを披露する——その映像は、見た人の多くに強い違和感と不安を与えました。動画は投稿翌日に非公開となり、同社は6月25日に公式サイトで謝罪声明を発表。今回の騒動は、企業がSNSを活用する際に何を気をつけなければならないかを、改めて社会に問いかけるものとなりました。
どんな動画だったのか——サカナクション「夜の踊り子」に乗ってダンス
問題の動画には、男性作業員5名が鉄道架線を連想させる高所設備の上に立ち、ロックバンド「サカナクション」の楽曲「夜の踊り子」に合わせて体を動かす様子が映っていました。
先頭の1名がノリノリでポーズを決め、後方の4名は棒を持って舟を漕ぐような仕草をするという内容です。先頭の男性は両手で天を指差すなど、見る人によっては確かに楽しい職場のPR動画に映ったかもしれません。
動画の画面には終始「高所のため墜落制止用器具をしっかり使用しています」というテロップが表示されており、安全への配慮を示す意図があったことはうかがえます。
なお、サカナクションの「夜の踊り子」は2013年のリリース楽曲ですが、2026年1月に韓国ユーザーが投稿したショート動画をきっかけに世界的なミーム(流行ネタ)として再燃。TikTokの音楽チャートで1位を獲得するほどの爆発的な再バズを記録していました。トーカイテックはこのトレンドに乗る形で企画したものと見られています。
炎上の経緯——投稿から10日以上経ってX(旧Twitter)で一気に拡散
動画が投稿されたのは6月13日でしたが、大きく炎上したのはその約10日後のことです。6月24日ごろからX(旧Twitter)上で動画が次々と取り上げられ、コメント欄やリポストを通じて批判が一気に拡大しました。
「そこは、ふざけていい場所じゃない」「会社としてはやりすぎだ」「なにが面白いと思ってこんな動画を出したんだ」といった批判的な声が殺到。「頭大丈夫か?」「新幹線を任せられるのか」という強い言葉も飛び交い、炎上状態となりました。
SNS上では「業界的に論外」「インフラ企業として信頼失墜だ」という声も多く、JR東海から仕事を切られるのではないかといった臆測も流れましたが、2026年6月25日時点でJR東海側から契約解除等の公式発表はされていません。
また、動画に映っている架線設備の見た目が実際の鉄道設備とは少し異なると感じた視聴者の一部から「AIが生成した映像ではないか」という指摘も出ました。これが本記事の見出しにある「AIだろ」というコメントにつながっています。
会社側の説明と謝罪——「訓練設備で撮影、電気は流れていない」
批判が高まる中、動画はすでに投稿翌日の6月14日に非公開とされていました。そして炎上が本格化した翌日の6月25日、トーカイテックは公式サイトに「TikTok動画に関するお知らせ」を掲載し、経緯を公式に説明しました。
声明の主な内容は以下のとおりです。
- 動画は「当社敷地内に設置した訓練設備において撮影した」ものであり、実際の鉄道設備ではない
- 撮影時には墜落制止用器具を着用し、安全管理のもとで実施した
- AI生成動画ではなく、社員が6月初めに撮影した実際の映像である
- 訓練設備には電気は流れていない
- 安全に携わる企業として、配慮が十分ではない発信となったことを謝罪する
同社はJ-CASTニュースの取材にも、SNS運用の目的について「訓練設備や日頃の教育・訓練の様子を紹介するとともに、鉄道電気工事という仕事を広く知っていただき、業界理解の促進や採用活動につなげたい」という考えから運営していると説明しました。
なぜ「訓練設備」でもダメだったのか——「実態」と「見え方」の致命的なギャップ
ここで多くの人が感じる疑問があります。「実際の架線設備ではなく、電気も流れていない訓練設備での撮影なら、問題ないのでは?」という点です。
確かに、ルール上の違反はありませんでした。安全装備も着用し、管理者も立ち会っていたとされています。しかし炎上が示すように、SNSでは「実態」よりも「見え方」が全てを左右します。
電気やインフラの設備は、一般の人々にとって「一歩間違えれば大惨事につながる危険な場所」という強いイメージを持っています。そのような場所に見える設備の上で、作業員がダンスを踊る映像は、事情を知らない視聴者の目には「命を軽視したふざけた行為」にしか映りませんでした。画面に注意書きのテロップがあっても、視覚的なインパクトはそれを上回ってしまったのです。
また、同社がJR東海の協力会社として東海道新幹線のメンテナンスを担っているという社会的責任の重さが、批判の声をさらに大きくしました。毎日何万人もの命を運ぶ新幹線の安全を守る企業に対して、世間は「1ミリの妥協も許さない厳格な姿勢」を期待しています。だからこそ、たとえ訓練設備であったとしても、高所で「ノリノリで踊る」映像は受け入れられなかったのです。
採用PRという背景——人手不足に悩む現場系企業のジレンマ
一方で、同社がTikTokを活用した背景には、建設・電気工事業界が共通して抱える深刻な人材不足という課題があります。
インフラ保守という仕事は社会的に極めて重要である一方、「きつい・汚い・危険」という3Kのイメージを持たれがちで、通常の求人媒体では若者になかなかリーチできません。そのため、若い世代が多く使うTikTokを活用して職場の雰囲気を伝えようとするのは、現代の採用戦略としては合理的な選択ともいえます。
同社のTikTokチャンネルは2025年6月に開設され、それまでは訓練風景やアットホームな日常を伝える動画が中心でした。流行のトレンドに乗って「バズらせたい」という意図と、「採用につなげたい」という真剣な思いがあったことは、一定の理解ができます。
「まともに求人を出しても誰も来ない時代に、職場の楽しさを伝えようと必死に作った動画をそこまで叩かなくても」「ここまで責めなくても」といった擁護の声が多数上がったことも事実であり、世間の見方が完全に否定的だったわけではありません。
今回の騒動が企業SNSに残す教訓
今回のトーカイテックのケースは、企業がSNSを運用する上でいくつかの重要な教訓を残しています。
「外部の目」でチェックする体制の欠如
動画は会社公認のもとで企画・撮影・投稿されました。しかし、社内の人間だけでチェックすると、どうしても「慣れ」が生じ、一般視聴者が感じる違和感に気づきにくくなります。外部の視点を持つ人間がレビューする体制があれば、結果は違ったかもしれません。
インフラ・安全関連企業の特殊性
バズを狙うコンテンツは、一般的な企業においても炎上リスクがありますが、特にインフラや安全に関わる企業では、そのリスクが格段に高くなります。「見え方」に対するハードルがより厳しく設定されることを意識した運用が不可欠です。
トレンドに乗ることの危うさ
流行中のミームやダンスを採り入れることは、注目を集める有効な手段ですが、それが自社の業態や社会的イメージと合っているかどうかを慎重に見極める必要があります。人気コンテンツをそのまま取り入れることで、本来伝えたいメッセージが埋もれたり、誤解を招いたりするリスクもあります。
まとめ——善意の発信が炎上する時代、SNS運用に「安全第一」を
今回の騒動において、トーカイテックに意図的な安全軽視や違法行為があったわけではありません。若者に自社の仕事を知ってもらいたいという善意の発信が、SNSという場において思わぬ形で炎上してしまいました。
同社は今後、「SNS発信に関する事前確認体制を見直すとともに、社内ルールを整備し、安全を最優先とした情報発信に努める」としています。
企業SNS運用において、バズを狙うことと信頼を守ることは、時に相反するものになりえます。特に社会的責任の重いインフラ関連企業においては、「発信する前に、社外の目で見たらどう見えるか」を常に問い直すことが、何よりも大切な安全策と言えるのかもしれません。
