福岡県うきは市の梨農家が、収穫を目前に控えた梨およそ5000個を何者かに盗まれるという事件が起こりました。
しかもこの農家は、前年にも同じ被害に遭っており、これで2年連続となります。被害額はおよそ200万円にのぼるとみられ、農家の男性は栽培そのものをやめる決断をしたと報じられています。
この記事では、事件の経緯を詳しく振り返るとともに、過去の農作物窃盗事例、そしてJAや自治体が進めている対策について整理していきます。
2年連続の被害、収穫直前の幸水がすべて消えた
被害に遭ったのは、うきは市で代々梨を栽培してきた佐々木浩喜さんの農園です。
7月16日から17日にかけて、贈答用として人気の高い品種「幸水」約5000個が盗まれました。カラス対策のために農園を訪れた佐々木さんが、木の下に落ちているはずの実すらなく、根こそぎ持ち去られていることに気づいたといいます。
事件の経緯
農園では「幸水」をはじめとする数種類の梨を栽培しており、贈答用として夏の需要が高い「幸水」の木は70本ありました。
7月17日、佐々木さんはカラスによる食害が目立ってきたことから、追い払い用のカイト(凧)を設置しようと園の奥まで足を運びました。すると、そこには本来たわわに実っているはずの幸水がまったく見当たらず、木々の下に落ちているはずの実さえ一つも残っていない状態だったといいます。
被害の状況を確認したところ、70本ある幸水の木のうち50本分、1本あたり100個前後の実がなる計算で、合計およそ5000個が根こそぎ持ち去られていたことが判明しました。盗難があったのは7月16日から17日にかけての夜間から早朝にかけてとみられています。
農園の入口付近の木々には手がつけられておらず、被害に遭ったのは軽トラックすら入れないような奥まった細い道の先だけでした。この地理的な特徴から、以前にも農園を訪れたことがある人物や、周辺の地理に詳しい人物による犯行の可能性、あるいは複数人が関わった組織的な犯行の可能性も指摘されています。
昨年も同様の被害を受けていた
佐々木さんの農園では前年の2025年にも、収穫間際の幸水およそ6000個(木60本分すべて)が盗まれる被害に遭っていました。この被害で夏場の主要な収入源を絶たれたことが引き金となり、経営していた法人は破産、従業員全員が離職する事態となりました。従業員とともに野菜も栽培していた土地は、その後手入れが行き届かず耕作放棄地となってしまったといいます。
個人事業主として梨づくりを続けながら再起を図っていた矢先、人感センサーや柵を新たに設置するなどの対策を講じていたにもかかわらず、2年連続で同規模の被害を受けることになりました。
佐々木さんはテレQの取材に対し経営を立て直そうと頑張ってきたけれど難しく、梨の栽培自体をやめるつもりだと明かしました。丹精込めて育ててきた梨を2年連続で奪われたことが、離農という重い決断に直結してしまった形です。福岡県警は窃盗事件として被害届を受理し、周辺の防犯カメラ映像の確認や、盗まれた梨の流通経路の捜査を進めています。

農作物の大量窃盗は全国で相次いでいる
収穫直前の農作物を狙う大量窃盗は、うきは市に限った話ではなく、全国各地で繰り返し起きています。
山梨県峡東地域の「青い桃」事件(2022年)
山梨市・笛吹市・甲州市にまたがる桃の産地で、収穫にはまだ早い青みがかった桃が一度に何千個という規模でまとめて盗まれる事件が相次ぎました。あまりの被害規模の大きさから、県警は情報提供専用の窓口「果実泥棒情報提供BOX」を新設する事態になりました。
茨城県鉾田市のメロン盗難(2024年)
4月にビニールハウスからメロン約600玉(被害額約60万円相当)、翌5月には別のハウスから約500玉が相次いで盗まれています。収穫直前を狙い、短期間に同じ地域で被害が連続する点が特徴です。
山形県のさくらんぼ「佐藤錦」窃盗(2025〜2026年)
2025年6月には上山市や山形市など県内の主要産地で高級品種「佐藤錦」を狙った窃盗が相次ぎ、県全体で過去10年で最悪となる約375kg(約185万円相当)の被害を記録しました。市場価値を熟知した計画的な犯行とみられています。翌2026年6月には天童市でも、収穫直前の「佐藤錦」約15kgがもぎ取られて盗まれる被害が発生しました。
新潟県のシャインマスカット窃盗(2025年)
8月1日から19日にかけて、同じ地域の畑からブドウが断続的に盗まれ、合計30房(約4万5000円相当)の被害が出ました。一度に大量ではなく少量ずつ繰り返す「小分け型」の手口で、発覚を遅らせる狙いがあったとみられています。
これらの事例に共通するのは、収穫の直前というタイミングを正確に狙っていること、そして単価の高いブランド品種が集中的に標的にされていることです。栽培管理の状況を熟知した人物が関与している可能性がたびたび指摘されており、こうした事件の半数以上が未解決のまま残っているとされています。
農作物の盗難に保険は使えるのか
「盗まれた分を保険でカバーできないのか」という疑問を持つ方も多いはずです。
実は近年、農業者向けの公的保険制度である「収入保険」の対象リスクには盗難も含まれています。対象となるリスクの例として、自然災害による収穫減や市場価格の下落のほか、盗難や取引先の倒産なども挙げられており、収穫前の作物が盗まれて収入が減った場合も、一定の条件のもとで補填を受けられる仕組みになっています。
ただし、この収入保険に加入するには青色申告の実績が必要であり、加入申請時に1年分の青色申告実績があることが条件となっています。
また、あくまで「収入全体の減少」に対する補填であるため、盗難だけを単独で手厚く補償するものではなく、基準収入の9割を下回った分の9割が上限となる点にも注意が必要です。個々の盗難被害そのものを直接補償する民間の保険商品も存在しますが、加入率は決して高くないのが実情です。
JAや自治体が進める多角的な対策
シャインマスカットや桃、高級ブランド米などの盗難被害が全国的に増える中、各地のJA(農業協同組合)は自治体や警察と連携しながら、対策を「予防・抑止」「地域連携」「被害後の支援」の3つの軸で進めています。
予防・抑止(ハード面・ソフト面)
遠隔監視や暗視機能を備えた小型カメラ、センサーライトの貸し出しや導入支援を行うJAが増えています。通信会社と組んでスマートフォンからリアルタイムで圃場を確認できるIoTカメラの実証実験を進める地域もあります。また「防犯カメラ作動中」「見回り強化中」といった看板やのぼり旗、ステッカーの配布に加え、正規の作業者や車両であることを示す腕章・車両用ステッカーを発行し、不審者との識別をしやすくする取り組みも広がっています。防犯機器購入への補助金についても、JAが申請の案内や受付窓口を担うケースが多く見られます。
地域連携・巡回パトロール
警察、自治体、JA職員、青壮年部(若手農家の組織)などが連携し、収穫期の夜間や早朝に合同で青色防犯パトロールを行う地域が増えています。近隣で不審車両の目撃や盗難被害があった際には、JAの営農情報メールやLINE、地域の無線放送を通じて即座に注意喚起を発信し、被害の連鎖を防ぐ体制づくりも進められています。
被害発生後の対応・セーフティネット
実際に被害が出た場合には、JAが被害届提出のサポートを行うほか、地域内の被害状況をとりまとめて警察に捜査や警戒強化を要請します。あわせて、盗難による収量・収入の減少をカバーする収入保険や、農機具・倉庫の破損等に対応する共済制度の案内、加入手続きの支援も行われています。
営農指導を通じた基本対策の徹底
収穫した農作物を畑に一晩放置せず必ず持ち帰ること、コンテナや脚立など盗難に悪用されやすい道具も持ち帰ること、倉庫やハウスの施錠を徹底し農機具のキーを放置しないことなど、基本的な対策の徹底についても営農指導の場で繰り返し呼びかけられています。
何が問題なのか、防犯対策と流通ルートの壁
今回の事件が浮き彫りにしているのは、防犯対策だけでは限界があるという現実です。
人感センサーや柵を設置していても、地の利のある人物、あるいは複数人による組織的な犯行の前では十分な抑止力にならないケースがあります。
加えて、盗まれた農作物がその後どこに流れているのかという流通経路の不透明さも大きな課題です。フリマアプリや無人販売所などを通じて、盗品と知らないまま消費者の手に渡ってしまう可能性も指摘されており、犯人の特定や検挙につながりにくい構造になっています。
警察庁によりますと、収穫前の農作物が盗まれる事件は全国で毎年2000件以上発生しています。そして、その半数以上が未解決です。
SNSでの反応
この事件はニュース配信直後から大きな反響を呼び、コメント数は6000件を超えました。
ネット上では、2年連続の被害に同情する声とともに、「人ごとではない」「せっかく再起しようとしていたのに」といった心情に寄り添う意見が目立ちます。
一方で、「安価な防犯カメラだけでも設置できたのでは」といった対策面を指摘する声や、「道の駅や無人販売所で相場より安く売られている果物には注意が必要」と、流通経路への警戒を呼びかける投稿も見られました。
農作物の盗難という問題が、生産者だけでなく消費者側の意識にも関わることを示す反応といえるでしょう。
まとめ
うきは市の梨農家が2年連続で大量窃盗の被害に遭い、栽培そのものをやめざるを得ない状況に追い込まれた今回の事件は、農作物窃盗という問題の根深さを改めて示すものとなりました。
防犯対策の強化や保険制度の活用だけでは解決しきれない部分も多く、警察の捜査体制の強化や流通経路の監視、そして消費者一人ひとりの意識が、こうした被害を減らす鍵になっていくと考えられます。

