2025年6月、最高裁判所は、2013年から実施された生活保護費の引き下げを「違法」と断じる歴史的判決を下しました。この問題は単なる行政判断の誤りではなく、当時社会で激しく広がった生活保護バッシングと深く結びついています。
社会に根付いた誤った偏見が、制度の改悪と受給者への苦しみを生み出した背景を振り返りながら、今回の最高裁判決の意義と、今後の補償問題について丁寧に解説します。
生活保護バッシングはどう広がったのか
生活保護バッシングが社会で目立ち始めたのは、2012年前後のことです。当時、生活保護費を受給しながら芸能活動を続けていたタレントの家族問題が大きく報道され、「不正受給」や「ズルい」というイメージが一気に拡散しました。
テレビや週刊誌は、「働けるのに生活保護を受けている」といったセンセーショナルな見出しを並べ、インターネットでは「生活保護=不正受給者」という極端な意見が飛び交いました。
実際には、生活保護の不正受給率は1〜2%程度と極めて低く、ほとんどの受給者は高齢者や病気、障害を抱える人々であるにもかかわらず、社会全体に「ずるい」「甘えている」という誤ったイメージが広がっていったのです。
政治が生活保護バッシングを利用した側面も
当時の自民党は、2012年の衆議院選挙で「生活保護費10%削減」を公約に掲げ、政権に復帰しました。この背景には、生活保護バッシングに乗ることで世論の支持を得ようとした政治的思惑があったとも言われています。
リーマンショック後の不況で生活保護利用者は急増しましたが、国民の多くが生活に苦しむ中、「保護費をもらっている人ばかり得をしている」と感じる人が増えたこともバッシングの土壌を育てました。
こうした社会的圧力を受け、政府は2013年から生活保護費の段階的な引き下げを強行。最大で10%削減され、全国で約670億円の予算を削減しました。
バッシングが生んだ制度のひずみ
生活保護バッシングは、社会に次のような悪影響をもたらしました。
- 生活保護の利用申請をためらう人が増えた
「生活保護を受けることは恥ずかしい」という誤った認識が社会に広まり、本当に困っている人ほど申請をためらうようになりました。 - ケースワーカーによる監視強化と支援不足
不正受給を防ぐ名目で、ケースワーカーが厳しい態度をとる事例が増え、「制度の利用者=監視対象」という空気が強まりました。 - 生活の困窮と命の危機
本来生活保護を受けられたはずの人が支援を受けず、餓死や孤独死につながる事例も報告されています。
生活保護は「最後のセーフティネット」であり、本来は誰でも困ったときに安心して利用できる制度です。しかし、バッシングによってその役割が大きく損なわれました。
最高裁が違法と断じた理由
今回の最高裁判決は、このような社会の偏見に対して、法律の立場から明確に「待った」をかけたものでした。
判決では、厚生労働省が2013年から実施した生活保護基準の引き下げのうち、「デフレ調整」と呼ばれる物価下落を理由にした削減が違法と認定されました。
最高裁は、「厚労省は生活保護基準の改定において、専門家による十分な検証を行わず、物価下落のみを指標にした簡略化した判断を行った。これは、健康で文化的な最低限度の生活を保障するという生活保護法の趣旨に反する」と指摘しました。
特に重要だったのは、政治的な意図や社会の空気を優先し、合理的な根拠を欠いた判断を違法と認定した点です。
一方で、「ゆがみ調整」と呼ばれる受給者間の公平性を調整する部分については違法とはされず、判決は一部勝訴・一部敗訴という形になりました。
補償問題が新たな焦点に
最高裁判決を受け、厚生労働省は減額分の追加支給を検討しています。
当時の生活保護受給者は全国で約200万人。生活保護基準の引き下げは、2013年から2015年にかけて実施され、その後2018年度まで適用されていました。
厚労省の試算では、当時の削減によって2015年度には年間約670億円の支給が減少。この基準が5年ほど続いたため、削減の累計額は最大で数千億円規模にのぼる可能性があるとされています。
さらに、政府・与党内でも「当時の受給者全員に追加支給せざるを得ない」との意見が広がっており、法改正も視野に入れた議論が始まっています。
現時点で厚労省は、「判決を精査し、専門家の意見も踏まえながら対応を検討する」としていますが、具体的な支給方法や時期については未定です。
原告団の要請と社会の期待
生活保護訴訟の原告団は、判決後すぐに厚生労働省に対し、「当時の受給者全員に対して減額分を遡って支給するよう」要請しました。
原告側は、「裁判を起こした人だけでなく、全国で影響を受けた全ての生活保護受給者が救済されるべきだ」と主張しています。
実際、この訴訟に参加した原告は全国で1000人規模でしたが、訴訟の長期化によりすでに200人以上が亡くなっていることも明らかになっています。
原告団や支援団体は、「これ以上時間をかけず、早期に全面解決を」と強く求めており、迅速な補償と政府の誠意ある対応が社会的にも強く期待されています。
まとめ:生活保護は「助け合い」の制度である
今回の最高裁判決は、生活保護バッシングによって社会が一時的に見失っていたものを、改めて問い直すきっかけとなりました。
生活保護は、「困ったときはお互いさま」という、社会の根本にあるべき仕組みです。
生活保護を必要とする人は「社会に迷惑をかける存在」ではなく、「社会が守るべき一員」です。
メディアやインターネットで一方的に流れる偏った情報を鵜呑みにせず、私たち一人ひとりが生活保護制度の正しい役割を理解することが、これからの日本社会に求められています。
そして、政府は生活保護を利用したことによる差別や偏見をなくし、誰もが安心して支援を受けられる制度へと改善する責任があります。
今回の判決をきっかけに、生活保護バッシングに終止符を打ち、誰もが尊厳を持って生きられる社会を目指すことが、私たち全員に求められているのではないでしょうか。