2025年6月、政府が打ち出した「骨太の方針2025」に盛り込まれた、OTC類似薬(市販薬と同じ成分の処方薬)に対する保険適用の見直し。この方針は、医療費の削減という大義のもとで推進されていますが、現場の医師や多くの患者からは強い反発の声が上がっています。
本記事では、「OTC類似薬とは何か?」「保険適用外になると何が起きるのか?」「現場や患者の反応は?」といった視点から、問題点を丁寧に掘り下げます。
OTC医薬品とOTC類似薬とは?
まず、「OTC」という言葉の基本から確認しましょう。
- OTC医薬品:Over The Counterの略。薬局などで処方箋なしで購入できる「市販薬」を指します。
- 医療用医薬品:医師の診察・処方が必要な薬で、公的医療保険の対象となるもの。
- OTC類似薬:市販薬と成分・効果がほぼ同じでありながら、医師が処方する医療用医薬品。保険適用が可能で、患者の負担は3割程度に抑えられています。
たとえば、アレルギー薬「フェキソフェナジン(アレグラ)」や保湿剤「ヘパリン類似物質(ヒルドイド)」などは、OTCとして市販されている一方で、医療機関でも処方される“OTC類似薬”です。

なぜ見直しが検討されているのか?
厚生労働省によると、2023年度の医療費は47.3兆円と過去最高を更新。少子高齢化が進む中、「持続可能な医療制度」の実現が求められています。
このため政府は、「市販薬と重複する薬をあえて保険適用とする必要はあるのか?」という視点で、2026年度から保険からの適用除外を検討しています。2025年6月には、自民党・公明党・日本維新の会の3党が「OTC類似薬の保険給付の在り方を見直す」との合意に至り、その内容は同月13日に閣議決定された「骨太の方針2025」に反映されました。
政府側は「医療機関での必要な受診は確保する」としていますが、実際には慢性疾患を抱える人々や低所得者層にとって、薬代の全額自己負担は深刻な打撃となります。
保険適用外になると、何が起きる?
OTC類似薬が保険適用から外れると、医師の処方を受けても薬代を全額自己負担しなければなりません。たとえば、以下のような変化が予想され、薬代は20倍〜40倍に跳ね上がる試算があります。
薬剤 | 現在(3割負担) | 保険外化後(市販/全額負担) | 負担増倍率 |
---|---|---|---|
ロキソニンテープ7枚 | 約45円 | 約1000円 | 55倍 |
フェキソフェナジン(アレグラ)28錠 | 約100円 | 2,000円 | 20倍 |
ヘパリン類似物質200g(ヒルドイドローション) | 240円 | 5,000円以上 | 21倍 |
リンデロン軟膏100g | 500円 | 2万円 | 40倍 |
ムコダイン錠500g 20錠 | 約60円 | 2500円 | 42倍 |
さらに、これらの薬を継続的に使用する慢性疾患患者では、1か月あたり数万円〜十数万円の薬代負担が発生することになりかねません。
高額療養費制度は適用されるのか?
高額療養費制度は、医療費が一定額を超えた際に、超過分を支給する制度です。しかし、OTC類似薬が“市販薬扱い”になると、医療費としてカウントされず、この制度の対象外となってしまいます。
つまり、たとえ月に10万円以上薬代がかかっても、一切補助がない――。これは医療制度の安全網が、OTC類似薬に関しては消えることを意味します。

医療現場からの懸念
現場の医師や医療団体からも、強い懸念の声が上がっています。
全国保険医団体連合会の本並省吾氏は、「OTC類似薬が保険適用から除外されれば、医師が一貫した治療計画を立てられなくなる」と指摘。医師は診察を通じて薬の要否を判断しますが、保険対象外となれば「処方を控えるか、患者が薬代を自己負担できるか」によって治療内容が左右されかねません。
また、「軽症だから薬局で自己判断」といった行動が広がれば、誤用や副作用、症状の悪化といった新たな医療問題を引き起こすおそれもあります。
署名活動で広がった“命の声”
こうした制度改革に、当事者の側から異議を唱える動きも出ています。
難病・魚鱗癬(ぎょりんせん)を抱える青年・大藤龍之助さんは、3月にオンライン署名を開始。魚鱗癬は皮膚が極度に乾燥し、ひび割れやかゆみを伴う遺伝性疾患で、保湿剤の継続使用が命綱です。現在は保険適用で月2000円程度の負担ですが、適用外になれば毎月6〜13万円の薬代が発生します。
6月18日、母・朋子さんが厚労省に8.5万筆の署名を提出。「薬が保険から外されれば、息子は生活できなくなる」と訴えました。署名には、子宮筋腫やアトピー性皮膚炎、慢性の頭痛を抱える人々など、さまざまな患者が賛同し、「命に関わる」との声が多く寄せられました。

政府・厚労省の見解と今後
厚労省は、「現時点では、OTC類似薬の適用除外は検討段階であり、対象薬剤も決まっていない」としています。ただし、今後すべてのOTC類似薬が議論の対象になる可能性はあり、「慢性疾患や低所得者、こどもへの配慮は重要な視点」と強調しました。
対象薬や除外時期は今後の審議会で決定され、2026年度(令和8年度)からの段階的実施が見込まれています。
まとめ:節約の代償は、誰が払うのか
OTC類似薬の保険適用除外は、見た目以上に大きな制度変更です。医療費の抑制という目的は重要ですが、その負担が弱い立場の人々――慢性疾患を抱える人や子どもたちにのしかかるのでは、本末転倒です。
薬は贅沢品ではなく、命を支える道具です。「市販で買えるから自己責任で」という論理では、安心して治療を受ける権利そのものが脅かされかねません。
今後も政策の動向に注視しつつ、必要な声を社会に届けていくことが求められています。