2026年6月17日、参院本会議において「デジタル遺言(正式名称:保管証書遺言)」の創設を柱とする改正民法が可決・成立しました。
パソコンやスマートフォンで遺言を作成し、法務局に保管できるようになるこの新制度は、相続手続きの円滑化をめざすものです。同時に、成年後見制度の抜本的な見直しも盛り込まれ、認知症や知的障害を抱える方々の支援体制も大きく変わります。
法律の公布から3年以内の施行を目指すとされており、多くの人にとって身近な問題となるこの改正の内容を、わかりやすくまとめました。
そもそも「デジタル遺言」とは何か?
「デジタル遺言」とは、法律上の正式名称ではなく、パソコンやスマートフォンを使って遺言書を作成・保管できる新しい制度の通称です。正式には「保管証書遺言」と呼ばれ、今回の改正民法により新たな遺言方式として加わりました。
これまで遺言書には主に2つの方法がありました。ひとつは、本人が全文・日付・氏名を手書きし押印する「自筆証書遺言」。もうひとつは、公証人が作成する「公正証書遺言」です。自筆証書遺言は手軽に作れる反面、全文を手書きしなければならず、身体的な負担が大きいとされてきました。高齢者や手が不自由な方にとっては特に大きなハードルでした。
今回の改正で新設される保管証書遺言は、手書きの負担なしに遺言書を作成できる第3の選択肢として位置づけられます。
デジタル遺言(保管証書遺言)の仕組みと手続きの流れ
① 遺言書の作成
パソコンやスマートフォンを使い、遺言の全文をデジタルデータとして作成します。手書きは不要で、電子署名などの措置を講じます。
② 法務局への保管申請
作成した遺言データを法務局(遺言書保管所)に提出し、保管を申請します。オンラインでの手続きも想定されています。
③ 本人確認と全文の口述
最大のポイントがここです。法務局の担当官(遺言書保管官)の面前で、遺言の全文を読み上げる(口述する)ことが要件とされています。なりすましや強要を防ぐためのこの手続きは、対面またはウェブ会議(オンライン)で行うことができます。本人確認には、マイナンバーカードなど顔写真付きの証明書が使われます。押印は不要です。
④ 法務局による保管・通知
遺言書が法務局に保管されることで、はじめて効力が生じます。遺言者が亡くなった後は、あらかじめ指定した相続人等に対して、法務局から「遺言書を保管している旨」が通知される「死亡時通知制度」も設けられる予定です。
これにより、遺言書の存在を遺族が知らないまま相続手続きが進んでしまうリスクを防ぐことができます。また、裁判所での検認手続きは不要となります。
自筆証書遺言・公正証書遺言との違いは?
| 項目 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | 保管証書遺言(新設) |
|---|---|---|---|
| 作成方法 | 全文手書き必須 | 公証人が作成 | デジタル作成可 |
| 押印 | 廃止予定 | 必要 | 不要 |
| 保管場所 | 自宅または法務局 | 公証役場 | 法務局(必須) |
| 本人確認 | なし | 公証人が確認 | 保管官が確認(口述あり) |
| 検認 | 不要(法務局保管の場合) | 不要 | 不要 |
| 費用 | 低い(法務局保管は3,900円) | 数万円~ | 未定(3,900円程度の見込み) |
なお、自筆証書遺言についても今回の改正で押印要件が廃止されます。全文・日付・氏名の手書きは引き続き必要ですが、ハンコを押さなくてよくなるため、少しハードルが下がります。
デジタル遺言のメリット──こんな方に特に向いている
身体的に自筆が難しい方にとって、最大のメリットはやはり手書きが不要になることです。加齢や病気で長文を書けなくなった方でも、法的に有効な遺言を残せるようになります。
形式ミスのリスクをなくしたい方にも適しています。自筆証書遺言は、誤字や押印漏れといった形式不備で無効になるケースがありましたが、デジタル作成ではそうした「うっかりミス」を防ぎやすくなります。
法務局が遠い、外出が困難な方でも、ウェブ会議を通じて手続きができるため、自宅にいながら遺言書の保管を完結できる可能性があります。
注意点──「デジタル=簡単」ではない
一点、誤解のないように強調しておきたいのが、「スマホで作って送信すればOK」という単純な制度ではないということです。
保管証書遺言では、法務局の保管官の前で遺言の全文を口述することが成立の要件です。「デジタルなのに口述?」と意外に思われるかもしれませんが、これは遺言者本人が内容を理解し、自らの意思で作成したことを直接確認するための重要な手続きです。認知機能が低下していて会話が成立しない状態では、この要件を満たせないため、早めに準備に取りかかることが大切です。
また、AIによる偽造(ディープフェイク)への対策として、法務局ではカメラの前で指定された動作を行うなど、厳格な本人確認が課される予定とされています。
成年後見制度も同時に大きく変わる
今回の改正には、遺言制度だけでなく成年後見制度の抜本的な見直しも含まれています。成年後見制度は2000年の創設以来、約26年ぶりの大改正です。
現行制度では「後見」「保佐」「補助」の3類型がありましたが、これを「補助」に一本化します。さらに最大の課題とされていた「一度始めたら亡くなるまで終われない」という終身制が廃止され、必要な期間だけ利用できる仕組みへと変わります。
たとえば、遺産分割協議のためだけに後見制度を使い始めたのに、手続きが終わった後も日常の財産管理まで後見人に任せ続けなければならなかった従来の問題が解消されます。また、後見人との相性が合わない場合に交代しやすくなるほか、報酬体系の透明化も進む見込みです。
いつから使えるの?施行スケジュール
改正法は2026年6月17日に成立し、公布から3年以内の施行を目指すとされています。つまり、早ければ2028年度中には新制度の運用が始まる見込みです。施行までの間に、システム整備や運用ルールの策定が進められます。
すぐに制度が変わるわけではありませんが、遺言や相続、老後の備えを考えるうえで、今から制度の概要を理解しておくことは非常に重要です。
まとめ──「自分の意思を残す」がもっと身近に
今回の改正民法の成立は、日本の遺言制度における大きな転換点です。デジタル技術を活用することで、より多くの人が自身の意思を正確な形で遺せるようになります。特に高齢化が進む日本社会において、「遺言書を書きたくても書けなかった」方々にとっての選択肢が広がることは、相続をめぐるトラブルの減少にもつながるでしょう。
とはいえ、どの遺言方式が自分に合っているかは、財産の状況や家族関係によって異なります。新しい制度の活用に向けて、早めに専門家(弁護士・司法書士・行政書士など)に相談しておくことをおすすめします。

