2026年4月28日、財務省の諮問機関である財政制度等審議会(財政審)の分科会が、一つの重要な提言を打ち出しました。それは、70歳以上の高齢者の医療費窓口負担を、「できる限り早く現役世代と同じ原則3割にすべきだ」というものです。
少子高齢化が急速に進む日本では、医療費の総額が年々膨らみ続けています。2023年度の国民医療費はすでに48兆円を超えて過去最高を更新しており、2040年度には約80兆円に達するとの推計も出ています。こうした状況の中、医療費を誰がどう分担するのかという問題は、もはや先送りできない課題となっています。
この記事では、財政審の提言の内容を整理したうえで、なぜこの改革が必要とされているのか、高齢者や現役世代への影響はどうなるのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
現在の窓口負担のしくみ——世代によって大きく異なる「割合」
まず、現在の医療費の自己負担割合(窓口負担)がどのようになっているかを確認しておきましょう。
- 69歳まで:原則 3割
- 70〜74歳:原則 2割(現役並み所得者は3割)
- 75歳以上(後期高齢者):原則 1割(一定所得以上は2割、現役並み所得者は3割)
この区分は、高齢者の収入が一般的に低くなることや、病気になりやすいことへの配慮から設けられてきた経緯があります。しかし、今回の財務省の提言はこの「年齢による区分」そのものを根本から見直そうという、かなり踏み込んだ内容です。
現在、3割負担が適用されているのは70〜74歳の高齢者のうち約11%、75歳以上ではわずか約7%にとどまっています。つまり、大多数の高齢者は現役世代よりも低い割合しか窓口で負担していないのが実情です。
財務省が3割負担を求める三つの理由
① 医療費の増加が現役世代の保険料を押し上げている
後期高齢者医療制度の財源は、高齢者が払う保険料のほか、公費(税金)や、現役世代が加入する健康保険組合などからの「後期高齢者支援金」によって成り立っています。
高齢者が増えれば増えるほど、この支援金の額も膨らみ、現役世代の保険料負担が重くなる構造です。
実際、健康保険組合の2026年度の財政見通しは「2890億円の赤字」とも報じられており、加盟組合の約7割が赤字になる見込みです。
② 「年齢」ではなく「支払い能力」で負担を決めるべき
現在の制度は、基本的に「年齢が上がるほど窓口負担が軽くなる」という設計です。しかし実際には、十分な貯蓄や年金収入を持つ高齢者も多く存在します。一方で、収入が低い若い世代や子育て世代が高い保険料を払い続けているという不均衡も生じています。
財政審は、「年齢ではなく支払い能力に応じた負担」こそが公平なあり方だと主張しています。つまり、お金に余裕のある高齢者は現役世代と同じ3割を負担すべきであり、低所得の高齢者には別途配慮の仕組みを設けるべきという考え方です。
③ 社会保障制度の持続可能性を守るため
物価高や賃金上昇による医療資材・人件費の増加も、医療費を押し上げる要因となっています。
現状のままでは、社会保障制度そのものが財政的に立ちゆかなくなるおそれがあります。
制度を将来の世代に引き継ぐためにも、負担構造を今のうちに見直す必要があるというのが、財務省の基本的な立場です。
今回の提言のポイント——何が変わろうとしているのか
財政審の提言で特に注目すべき点を整理します。
① 70歳以上の窓口負担を「原則3割」に統一する
現在2割負担の70〜74歳を3割に引き上げ、後期高齢者(75歳以上)も段階的な経過措置を設けつつ同じ割合にすることを求めています。現行の年齢による区分は「ゼロベースで見直すべきだ」とまで踏み込んでいます。
② 高額療養費の「外来特例」を廃止すべきと主張
現在、70歳以上には外来受診に対して独自の上限額が設けられていますが(外来特例)、これも廃止すべきだとしました。これが実現すると、高齢者がより多くの自己負担を求められる場合が出てきます。
③ 2026年度内に「工程表」の策定を求める
制度改革をいつ、どのような手順で進めるかを示す具体的な工程表の作成を、2026年度中に行うよう促しています。政府もすでに今年度内の制度設計を目指しており、改革は「近い将来の話」として現実味を帯びています。
高齢者の家計への影響——具体的にどのくらい変わるのか
3割負担が原則化された場合、現在1割や2割負担を適用されている高齢者の窓口での支払い額は大きく変わります。
たとえば、現在1割負担の後期高齢者が月に5,000円の窓口負担を払っている場合、3割負担になると15,000円と3倍になる計算です。慢性疾患で毎月複数の医療機関を受診している高齢者ほど、影響が大きくなります。
ただし、「高額療養費制度」によって1ヶ月の自己負担額には上限が設けられており、一定額を超えた部分は払い戻されます。低所得者向けの配慮措置についても、今後の議論で具体的な設計が検討される見込みです。
財務省も、低所得の高齢者については配慮が必要との認識を示しており、一律に3割負担を課すのではなく、所得に応じた仕組みを維持する方向性も示唆されています。
現役世代にとってのメリットと不確実性
この改革が実現すれば、現役世代の保険料負担が軽減される可能性があります。若い世代や子育て世代の手取りが増えれば、消費の活性化や少子化対策にも間接的にプラスの効果が期待されます。
ただし、財日経新聞なども報じているように、「現役世代の保険料が確実に下がるかどうかは、制度設計次第」という指摘もあります。高齢者の窓口負担が増えても、その分が必ずしもそのまま保険料の引き下げに回るとは限らないため、改革の「出口」まで含めた設計が重要になります。
高齢者からの反発は必至——社会的合意をどう形成するか
当然ながら、この提言に対しては高齢者を中心とした反発の声が上がることが予想されます。長年にわたり低い窓口負担を前提として生活設計をしてきた高齢者にとって、突然の大幅な引き上げは大きな打撃となります。
また、厚生労働省もすでに医療保険制度改革の関係法案を国会に提出中であり、今後の国会審議や与野党の動きによって、制度の具体的な内容はさらに変わる可能性があります。
過去の改革との比較——段階的に進んできた高齢者負担の見直し
今回の提言は突然出てきたものではなく、長年にわたる段階的な制度改革の流れの延長線上にあります。
2022年10月には、一定所得以上の後期高齢者の窓口負担が1割から2割に引き上げられました。そのときも激しい議論がありましたが、最終的には段階的な経過措置を設けて実施されました。今回の3割負担への引き上げも、同様に経過措置や低所得者配慮を組み合わせた形で進む可能性が高いと考えられます。
まとめ——「誰が、どう支え合うか」を問い直す時代へ
財務省・財政審による高齢者医療費の3割負担原則化の提言は、単なる「負担増」の問題ではありません。少子高齢化が加速する日本において、医療保険制度を将来の世代まで持続させるために、「誰が、どのように費用を分かち合うのか」という根本的な問いを社会全体で考え直すきっかけです。
現役世代の負担を軽くし、若者が安心して働き、子育てできる社会をつくること。同時に、高齢者が必要な医療を安心して受けられる環境を守ること。この二つを両立させる制度設計が、今まさに問われています。
今後の国会審議や与党・政府の動向に注目しながら、私たち一人ひとりも社会保障のあり方について関心を持ち続けることが大切です。
