静岡県伊東市の田久保真紀前市長が、大学の卒業証書を偽造した罪などで在宅起訴されている問題で、新しい動きがありました。
前市長の自宅から押収されたパソコンから、偽造されたとみられる卒業証書のデータが見つかっていたことがわかりました。
あわせて、田久保前市長側が近く始まる裁判で無罪を主張する方針を固めたことも明らかになっています。今回はこの事件のこれまでの経緯と、今後注目されるポイントについてまとめます。
発端は当選直後に届いた1通の匿名文書
騒動の始まりは、2025年5月25日投開票の伊東市長選にさかのぼります。市議を経て初当選した田久保真紀氏は、経歴調査票などに「東洋大学法学部卒業」と記載していました。
ところが当選から間もない5月下旬、市議会議員全員に匿名の投書が届きます。「卒業証書の偽造には注意を」という趣旨の内容で、これが一連の騒動の発端となりました。この投書を受けて議長らが説明を求めたところ、田久保氏は「卒業証書」と題する文書を数秒だけ示しましたが、原本や写しの提出は拒み続けました。
「除籍」発覚から辞意撤回、そして偽造証書の告発へ
田久保氏は6月末に大学へ卒業証明書を取り寄せようとした際、「除籍」の扱いになっている事実を把握したとされています。7月2日の記者会見では「卒業が確認できず、除籍だとわかった」と釈明しましたが、説明は二転三転しました。
これを受け、市議会は7月に調査特別委員会(百条委員会)を設置するとともに、辞職勧告決議を全会一致で可決します。田久保氏は当初、辞職して出直し選に出馬する意向を示していましたが、7月末の会見で一転して辞意を撤回し、続投を表明しました。
8月13日の百条委員会の証人尋問では、「大学を除籍されている事実を知ったのは6月28日」と証言しましたが、委員会は大学側の記録などをもとにこの証言を虚偽と認定します。さらに議長らは9月9日、田久保氏が示した「卒業証書」が偽物だったとして、偽造有印私文書行使の疑いで県警に告発状を提出しました。
不信任決議、議会解散、そして失職
こうした経緯を踏まえ、市議会は9月1日に不信任決議を全会一致で可決します。田久保氏は9月10日に市議会を解散する道を選びました。
10月19日に行われた出直しの市議選では、田久保氏に不信任を突きつけていた前職議員がほぼ全員当選します。選挙後の臨時議会では改めて不信任決議案が可決され、田久保氏は市長を失職しました。
失職から約1か月後の11月、田久保氏は出直し市長選への立候補を表明しましたが、選挙戦では市政混乱への批判が根強く、新人候補に大差で敗れて落選しています。
在宅起訴、そして裁判へ
一方、警察の捜査は並行して進められていました。2026年2月には自宅が家宅捜索され、押収したパソコンの解析が行われます。そして2026年3月30日、静岡地検は田久保氏を有印私文書偽造・同行使、および地方自治法違反(虚偽陳述)の罪で在宅起訴しました。
起訴状によると、田久保氏は東洋大を除籍されていたにもかかわらず、2025年5月29日ごろから6月4日にかけて、卒業者として自身の名前を書き、インターネットを通じて業者に作成させた学長・法学部長名義の偽の印鑑を押して卒業証書を偽造し、6月4日に市議会の正副議長らに見せたとされています。なお、学歴詐称に関連する一部の容疑については、後日、証拠不十分として不起訴となっています。
パソコン解析で見つかった偽造データ
静岡県警は今年2月、田久保前市長の関係先を家宅捜索し、パソコンを押収していました。このパソコンをサイバー捜査で解析したところ、卒業証書を偽造する際に使われたとみられるデータが発見されたということです。
検察側は、このデータを裁判の重要な証拠として扱う方針とみられています。田久保前市長がパソコン上で作成した文書データを印刷し、自ら手配した印鑑などを組み合わせて卒業証書を偽造したのではないかとみて、捜査が続けられてきました。
なお、市議会の場で一瞬だけ示された卒業証書そのものについては、県警が任意提出を求めていたものの、田久保前市長側は「押収拒絶権」を理由に提出を拒んでいます。証書は現在も弁護人が保管している状態です。
「第三者が作成した」 弁護側は無罪を主張へ
裁判の開始を前に、争点や証拠を絞り込む「公判前整理手続き」が静岡地方裁判所で進められています。この中で田久保前市長側は8月24日、「本人が卒業証書を作成した事実はない」とする趣旨の書面を裁判所に提出したことがわかりました。
弁護側の主張の骨子は次のようなものです。
- 学長らの名義の印鑑を自分で注文したり受け取ったりした事実はない
- 印鑑などが発注されたのは、学歴詐称の疑惑が表面化する以前であり、偽造する動機が見当たらない
- 卒業証書が偽物だとしても、それは第三者が作成したものである
また、百条委員会での虚偽陳述に問われている地方自治法違反の罪についても、無罪を主張する方針だということです。
弁護人は取材に対し、無罪を主張する考えを示しつつ、検察側の主張への具体的な対応方法については「これから示す」と述べるにとどめています。
今後の見通し
現在は検察・弁護側・裁判所の三者による証拠開示や争点の調整が続いている段階で、初公判は早ければ年内にも静岡地裁で開かれる見通しです。
パソコンから見つかった偽造データが物的証拠としてどこまでの意味を持つのか、そして「第三者が作成した」とする弁護側の主張がどのように裏付けられるのかが、今後の裁判の大きな焦点になりそうです。
匿名の投書に端を発した今回の騒動は、辞意撤回、不信任決議、議会解散、失職、出直し選挙での落選と、およそ1年にわたって伊東市政を揺るがし続けてきました。舞台が法廷に移った今も、決着までにはまだ時間がかかりそうです。
