韓国といえば、美容整形やスキンケアなど外見へのこだわりが強い国という印象を持つ方が多いでしょう。
しかし近年、「身長」もまた、学歴や職業と並ぶ“スペック”のひとつとして重視されるようになっています。特に子どもを持つ親の間で、「少しでも子どもの背を高くしたい」という熱意が過熱しており、その背景には韓国社会特有の競争文化と、美的価値観の影響が色濃く存在しています。
就活でも背が高い方が有利?社会で求められる“理想の体型”
韓国では、身長は単なる身体的特徴ではなく、社会的評価や人生の選択肢に関わる「武器」としてとらえられる傾向があります。
就職活動の面接では背の高い応募者のほうが有利だという声もあり、芸能界やスポーツ界だけでなく、一般企業の採用現場においても、身長が無言の評価基準として機能していることは否めません。
特に男性の場合、「180センチ以上が理想」といった価値観がSNSやメディアによって拡散され、背の低さが“コンプレックス”として刷り込まれる構造ができあがっています。
成長クリニックが人気沸騰―親たちの“身長投資”の実態
このような社会的背景のもと、韓国では「成長クリニック」や「高身長サポート施設」といった名称の民間機関が急増しています。
これらの施設では、運動療法や姿勢改善指導、サプリメントの提供などを通じて、子どもの身長を“自然に”伸ばすとされるプログラムが展開されています。ソウル・江南区のような富裕層エリアでは、こうした施設への通院が日常化しており、子ども自身も「背を伸ばすことが目標」という意識を幼いうちから持つようになります。
平均身長以上でも?“治療目的ではない”成長ホルモンの利用
さらに注目すべきは、治療目的ではなく「予防的」または「美的」な理由で成長ホルモン注射を利用するケースが急増していることです。
韓国保健医療研究院の調査によれば、過去に成長ホルモン注射を利用した保護者のうち約6割が「病気ではなく、単に背を高くしたいから」という理由で使用していたことが明らかになりました。中には、すでに平均以上の身長でありながらも、「もっと高くなってほしい」という親の希望によって施術を受ける子どもも存在します。
成長クリニックで本当に身長は伸びる?
実際に、「通い始めてから数センチ伸びた」という声もあり、身長に悩む家庭にとっては希望の光に見えるかもしれません。しかし問題は、その「伸び」が自然な成長によるものなのか、施設の介入による結果なのか、はっきりとした科学的証明がないという点です。運動やストレッチ、姿勢矯正によって一時的に姿勢が改善され“背が高く見える”ようになることはありますが、実際の骨の成長をどれほど促すかは不透明な部分も多いのです。
施設によっては医療資格のないスタッフが「身長が伸びる」と断言するケースも見られ、こうした曖昧な広告や口コミに依存することが、無駄な出費や精神的ストレス、さらには成長期の子どもに不自然な圧力をかける原因となっています。
つまり、「成長クリニック」に通ったからといって、誰でも確実に身長が伸びるわけではなく、自然成長と混同しやすいため、冷静な判断が求められます。また、効果が確実でないにもかかわらず高額な費用がかかる点、さらに子どもの自己肯定感に与える影響も無視できません。
韓国の平均身長は本当に高い?統計が示す驚きの伸び幅
韓国では、近年の若年層を中心に平均身長が大きく伸びており、その上昇傾向は国際的にも注目されています。
たとえば、韓国統計庁のデータやOECDの報告によれば、17歳の韓国人男性の平均身長は現在約173〜174cmとされており、これは50年前の水準(166cm前後)から7cm以上も伸びた計算になります。女性も同様に大きく伸びており、韓国の若者の平均身長はすでに東アジア地域でもトップクラスです。
この背景には、経済発展による栄養状態の改善だけでなく、身長を“スペック”の一部ととらえる社会的価値観の変化も影響していると見られます。単なる身体的成長の結果ではなく、「背が高い=自信と成功」という文化的刷り込みが、成長期の子どもたちに大きな影響を与えているのです。
一方で、日本の同年代の平均身長はこの数十年ほぼ横ばい状態であることから、韓国の急激な成長ぶりが際立って見えるのも事実です。その結果、「うちの子だけ背が低いのでは」といった保護者の焦りや不安が加速し、クリニック通いや高額なサプリメント購入、成長ホルモン注射といった“身長ビジネス”にのめり込む家庭も少なくありません。
このように、韓国の平均身長の上昇は、単なる健康指標以上の意味を持ち始めています。それは競争の激しい社会構造の中で、子どもたちの“見た目のスペック”が過剰に重視されていることの一端でもあるのです。
競争社会が生む“成長プレッシャー”―子どもたちの自己肯定感への影響
ここまで来ると、単なる外見の問題ではありません。韓国の保護者たちの間では「子どもに自信を持たせたい」「将来の選択肢を広げてやりたい」という思いがある一方で、他の家庭がすでに始めていることへの焦りや、出遅れることへの不安も大きな原動力となっています。
いわば「背の高さ競争」は、家庭単位の選択ではなく、社会的プレッシャーに基づく集団的な動きといえるでしょう。
身長重視の傾向は、子どもたちの自己肯定感にも影響を与えています。
「背が高ければ褒められ、低ければ心配される」という環境では、自分の身体に対する感覚が否定的に傾きやすくなることが懸念されます。特に思春期においては、ちょっとした体型の違いが人間関係や自己評価に大きく作用するため、社会全体の価値観が多様性を受け入れる方向に進むことが求められています。
身長=成功の切符?教育熱と見た目偏重社会がもたらす“副作用”
韓国国内では現在、こうした風潮に対して医療機関や研究機関が警鐘を鳴らし始めており、「身長は個人差の大きい要素であり、無理に伸ばそうとすることにはリスクがある」とする見解も増えつつあります。
また、保護者の金銭的負担も無視できず、成長ホルモン注射に加えて、サプリメント、運動機器、漢方薬などに月々数万円単位の出費をしている家庭も少なくありません。
「身長にこだわる社会」は子どもにとって幸せか?
「背が高いほうが得」という価値観そのものを否定することは難しいかもしれません。しかし、それが行き過ぎたとき、誰のための選択なのか、どこまでが“努力”で、どこからが“強制”なのかという問いが浮かび上がります。
子どもの身長を伸ばすという行為が、親の願望や社会的競争に由来しているならば、その代償は子ども自身が支払うことになるかもしれません。
韓国社会において「身長を重視する風潮」が定着する背景には、容姿偏重社会の価値観、過度な競争、そして将来の成功を見越した“投資”としての教育意識があります。けれども、身長という身体的特徴がここまで強調されることが、果たして子どもたちの幸福にどれだけ寄与するのか。いま、改めて立ち止まり、問い直す必要があるのではないでしょうか。