1月14日は「タロとジロの日」 南極物語の兄弟犬は今どこに?樺太犬とは

1月14日は「タロとジロの日」 南極物語の兄弟犬は今どこに?樺太犬とは ペット・動物
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1月14日は「タロとジロの日」です。1959(昭和34)年のこの日、日本の南極観測隊が南極昭和基地で、一度は置き去りにされた樺太犬の兄弟、タロとジロの生存を確認しました。この出来事は当時の日本社会に大きな衝撃と感動を与え、現在も語り継がれる感動の実話となっています。

本記事では、「なぜタロとジロは生き延びることができたのか」「なぜ南極に残されることになったのか」、そして「その後の運命」や映画『南極物語』のエピソード、樺太犬という犬種の特徴について解説します。

南極観測船ふじとタロとジロ像(名古屋港)

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南極観測隊と樺太犬(カラフト犬)

1950年代後半、日本は国際的な科学研究の一環として南極地域観測事業に参加し、南極観測隊を派遣していました。1957年には昭和基地が建設され、日本による本格的な南極観測が始まります。

当時、南極での移動や物資輸送には機械だけでなく、そり犬が重要な役割を果たしていました。そこで選ばれたのが、寒冷地に強い樺太犬でした。樺太犬は、現在のロシア・サハリン(旧樺太)を原産とする犬種で、分厚い被毛と高い持久力、寒さへの耐性を備えています。

しばしばシベリアンハスキーやエスキモー犬と混同されますが、樺太犬は日本とロシアの北方地域で独自に発展してきた犬種で、極寒地で人と共に働く実用犬として長い歴史を持っています。


なぜ犬たちは南極に置き去りにされたのか

1958年、第2次南極観測隊は昭和基地での活動を終え、帰国準備を進めていました。しかし、南極の天候は急変し、海氷の影響で観測船が基地に接岸できない事態が発生します。

さらに悪天候が続き、隊員の安全を最優先に考えた結果、ヘリコプターによる緊急撤退が決断されました。このとき、人間の隊員は救出できたものの、犬たちを同時に運び出す余裕はありませんでした

結果として、15頭の樺太犬が昭和基地に残されることになり、鎖につながれたまま越冬するという、極めて厳しい状況に置かれました。この決断は、隊員にとっても苦渋の選択であり、多くの関係者が強い後悔と無念さを抱いたといわれています。


奇跡の生還――タロとジロの発見

翌1959年1月14日、第3次南極観測隊が昭和基地に到着します。隊員たちは、犬たちが生き残っている可能性は極めて低いと考えていました。しかし、基地周辺を捜索する中で、思いもよらぬ光景が目に飛び込んできます。

15頭のうち、2頭の犬が生きていたのです。それが兄弟犬のタロとジロでした。極寒の南極で約1年もの間、人の手を借りずに生き延びていたという事実は、日本中に大きな感動を与えました。

このニュースは新聞やラジオを通じて広まり、多くの人が「奇跡」と呼びました。


なぜタロとジロは生き延びることができたのか

タロとジロが生き延びた理由については、いくつかの要因が重なったと考えられています。

まず、樺太犬本来の高い生命力と寒冷地適応能力が挙げられます。厚い被毛と脂肪層、強靭な体力は、南極の過酷な環境でも生存を可能にしました。

次に重要なのは、タロとジロは鎖から外れ、自由に行動できる状態にあったことです。発見当時、2頭は鎖につながれておらず、基地周辺を移動できる状況にありました。この自由な行動が、生存を左右する大きな要因となりました。
行動範囲を確保できたことで、ペンギンやアザラシなどを捕食し、自ら食料を得ることが可能となり、過酷な南極の冬を乗り越えることにつながったと考えられています。

また、兄弟で行動していたことも重要な要素です。互いに寄り添い、体温を保ち、協力して生き抜いたことが、厳しい環境を乗り越える力になったと考えられています。


その後のタロとジロの運命

ジロのその後

ジロは発見後も南極に残り、観測隊と共に活動を続けました。しかし、1960年7月、病気のため昭和基地で亡くなります。短い生涯でしたが、南極で命を全うした存在として今も語り継がれています。

タロの帰国と晩年

一方、タロは第4次観測隊とともに日本へ帰国しました。その後は北海道大学植物園で飼育され、多くの人々に親しまれながら余生を過ごします。1970年、老衰のため14歳7か月で亡くなりました。

現在、タロとジロの剥製はそれぞれ日本国内の施設で保存・展示されており、その姿を通して物語を後世に伝えています。

タロとジロの剥製の展示場所

ジロの剥製の展示場所

ジロは南極昭和基地で1960年に亡くなった後、剥製となり、日本に持ち帰られています。現在は、東京都台東区・上野公園内にある 国立科学博物館(日本館2F北翼 日本人と自然)で展示されています。ここでは日本を代表する展示のひとつとして「タロとジロ」の物語も紹介されています。

国立科学博物館:常設展示データベース カラフト犬(ジロ)

タロの剥製の展示場所

タロは南極から帰国後、北海道大学で余生を過ごし、1970年に老衰で亡くなりました。その後、剥製として保存され、札幌市の北海道大学植物園内にある博物館(北海道大学博物館)で展示されています。

このように、タロとジロの剥製は別々の施設で保存・公開されています。それぞれが日本での南極観測史と動物の歴史を伝える展示物として多くの来訪者に見られています。

北海道大学植物園 博物館本館


映画『南極物語』が残したもの

1983年、タロとジロの実話をもとにした映画『南極物語』が公開されました。主演は高倉健さん。極寒の南極を舞台に、人と犬の絆、別れ、そして奇跡の再会が描かれ、日本中で大きな反響を呼びました。

この映画は単なる感動作ではなく、「人間は動物に対してどこまで責任を持つべきか」「自然の中で生きるとはどういうことか」といった深い問いを投げかけました。その後、海外でもリメイクされ、世界的に知られる物語となっています。


樺太犬とは何か

樺太犬(カラフト犬)は、日本の旧樺太(現在のロシア・サハリン)や北海道北部を中心に飼育されてきた寒冷地原産の使役犬です。極寒の環境に耐える分厚い被毛と高い持久力を持ち、かつてはそり犬としてだけでなく、物資運搬や警備など、日本国内においても重要な作業犬として活躍していました

しかし、時代の変化とともに樺太犬を取り巻く環境は大きく変わります。戦後、樺太地域の喪失や生活様式の変化、機械化の進展により、使役犬としての役割は急速に失われました。その過程で、管理が行き届かなくなった犬たちが大量に殺処分されたという悲しい歴史も残されています。

こうした背景から、現在では日本およびロシアにおいて、純血の樺太犬はすでに絶滅したと考えられています。映画『南極物語』では、撮影に使用された犬はアラスカン・マラミュートが代役として起用されていたようです。


「タロとジロの日」が私たちに伝えるもの

1月14日の「タロとジロの日」は、単なる記念日ではありません。この日は、極限状況における命の尊さ、人と動物の関係、そして生き抜く力を考える日でもあります。

タロとジロが見せた生命力と兄弟の絆は、時代を超えて私たちの心に問いかけます。彼らの物語は、南極観測の歴史であると同時に、人間社会にとって大切な教訓を含んだ物語なのです。

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