東北地方の道の駅イベントで販売されたクマ肉を食べる「ツキノワグマの串焼き」が、SNSで1300万回以上も再生され、大きな注目を集めました。
「臭みがなくてホロホロ」「羊肉に似ている」といった感想が並び、コメント欄では「クマを駆除して食べれば被害が減るのでは?」という意見も多く見られました。
背景には、クマによる人的被害の急増があります。果たして、「食べて減らす」という発想は現実的な対策になり得るのでしょうか。
クマ肉を食べることは「駆除+資源化」につながるのか
被害地域では「駆除したクマを食用として活かす」動きが広がりつつあります。
もともと山で捕獲されたツキノワグマは、これまで多くが焼却処分されてきましたが、食肉として加工・販売することで、資源の有効活用につながるという考え方です。
地元の猟師や飲食店からは、「どうせ駆除するなら無駄にしない方がいい」「地域の収益にもつながる」という声もあります。
一方で、食用化には衛生面・検査体制・流通コストなどの課題も多く、すべての駆除個体が食肉に適しているわけではありません。
つまり、「駆除して食べる=被害が減る」と単純に結びつけるのは難しく、実現には制度や安全基準の整備が不可欠なのです。
日本と世界の「クマ肉文化」
日本の歴史と文化
熊肉を食べる文化は、決して新しいものではありません。
日本では古くから、熊は「山の恵み」として狩猟民の間で大切にされてきました。特に東北地方や北海道では、冬眠前に脂の乗った熊の肉や胆のう(いわゆる熊胆)が珍重され、薬用・滋養強壮の効果があると信じられてきました。
アイヌ民族の間では、「イオマンテ(熊送り)」という儀式があり、熊を神の使いとして尊びながらも、命をいただくことで自然との共生を示していました。
つまり、熊肉を食べるという行為は、単なる食文化ではなく「命への敬意」と「自然との循環」を意味していたのです。
海外のクマ肉事情
熊肉を食べる文化は日本だけに限られません。
たとえばロシアでは古くから狩猟文化が盛んで、熊肉はスープやステーキとして食べられています。北欧諸国(ノルウェーやスウェーデン)でも、狩猟解禁期間に熊肉料理が提供されることがあり、ジビエとして高級食材の扱いです。
アメリカやカナダでも、ハンターの間では「ベア・ステーキ」や「ベア・ソーセージ」が人気。特に秋の熊は脂がのっており、甘みがあるといわれています。
ただし、どの国でも衛生管理と加熱調理の徹底が強調されており、日本同様に寄生虫への警戒が欠かせません。
クマ肉は本当に美味しい? 気になる味と調理法
ツキノワグマは雑食性の動物で、ドングリや果実を多く食べた個体は脂がのっており、柔らかく旨NSで話題になったツキノワグマ串の感想には、「羊肉に似ている」「臭みが少なくホロホロして美味しい」といった声が多く見られました。
実際、熊肉は牛や豚に比べて繊維が太く、しっかりとした食感が特徴です。脂身は多いものの、うまみが凝縮しており、調理次第では驚くほど美味しく仕上がります。
熊肉の代表的な調理法には、以下のようなものがあります。
- 鍋料理(熊鍋):北海道や秋田では定番。味噌仕立てで煮込むことで、脂の甘みと肉の旨みが溶け出します。
- 煮込み料理:ヒグマの手を使った「赤ワイン煮込み」など、フレンチ風のアレンジも人気。
- 串焼き・燻製:直火で焼くと独特の香ばしさが際立ち、ワイルドな味わいになります。
ただし、熊肉は個体差が大きく、時期や地域によって味や脂の質が変わるといわれます。秋の終わりに獲れた熊は特に脂がのり、柔らかく美味しいとされています。
クマ肉を食べる際の注意点
寄生虫・衛生リスク
熊肉を食べる際に最も注意しなければならないのが、寄生虫感染です。
代表的なものが「トリヒナ(旋毛虫)」による感染症で、加熱が不十分な熊肉を食べると発症する危険があります。症状は発熱や筋肉痛などで、最悪の場合は重症化することもあります。
そのため、熊肉は中心部までしっかり加熱することが絶対条件です。
冷凍してもトリヒナは死滅しないため、「生食」や「レア調理」は厳禁。信頼できる加工業者や猟師から、衛生的に処理された肉を購入することが重要です。
また、熊の体内には重金属や環境由来の汚染物質が含まれている場合もあります。特に内臓を食べる際は、十分な情報を確認してからにしましょう。
法律とモラルの問題
ツキノワグマやヒグマの捕獲には、都道府県ごとの許可が必要です。
無許可での狩猟・販売は法律違反となる場合があります。
さらに、「野生動物を食べる」ことに対しては倫理的な議論もあり、捕獲理由・数量・流通経路の透明性が求められています。

クマ肉を食用に加工することの難しさ
マ肉を食用に加工することは、実際には多くの課題が伴う非常に難しい作業です。
■ 厳しい衛生管理と時間制限
まず、衛生面での制約が大きく、厚生労働省によれば「仕留めてから1時間以内に処理施設に持ち込むことが望ましい」とされています。クマは山中で撃たれることが多いため、迅速に運搬できる環境を整えるのは容易ではありません。さらに、腹部が撃たれている場合は衛生リスクが高まり、血抜きが不十分だと肉質が大きく低下してしまいます。
■ 特別な設備と許可が必要な処理施設
処理施設の側にも高いハードルがあります。ジビエを取り扱うには、保健所の「食肉処理業」や「食肉製品製造業」の許可が必要です。全国に約820のジビエ処理加工施設がありますが、クマのように大型動物を扱うには、天井が高く広いスペースを備えた特別な設備が必要です。加えて、銃で捕獲されたクマの場合、体内に残る弾丸を検出するための金属探知機も欠かせません。そのため、すべての施設がクマを処理できるわけではありません。
■ 肉質や流通の問題も
駆除されたクマは多くの場合、人里に下りてきた個体で、脂が少なく肉質がよくないとされています。東北地方の処理施設では「仕留めてからすぐに処理しなければならず、他地域からの持ち込みは難しい」との声もあり、流通体制の整備も進んでいません。
■ 信頼関係に支えられる食用クマ肉の流通
一方、飲食店で提供されるクマ肉は、北海道や長野などの公認処理施設から仕入れられたもので、どのハンターがどの地域で獲ったかを把握し、信頼関係のもとで取引されています。つまり、適切な環境・技術・信頼の三要素が揃わなければ、安全で高品質なクマ肉を食用として提供することはできないのです。

「クマを食べて減らす」は本当に解決になるのか?
クマ肉を活用することには、一定のメリットがあります。
駆除した個体を廃棄せずに資源化することで、地域経済の循環や、猟師の活動支援につながる可能性があります。
また、食を通じて人々が自然や野生動物との関係を考えるきっかけにもなるでしょう。
しかし、被害を減らすためには「食べる」だけでは不十分です。
クマが人里に下りてくる根本的な要因――山の餌の減少、森林と集落の境界の曖昧化、ゴミ管理の不徹底など――に取り組む必要があります。
さらに、電気柵の設置や見回り体制の強化など、地域ぐるみの防除策も欠かせません。
まとめ
「ツキノワグマの串焼き」が話題になったのは、単なるグルメトレンドではなく、クマ被害の深刻化や、野生動物との共存をどう考えるかという社会的な問いを映し出しています。
クマ肉を食べることは、資源活用として一定の価値がある一方で、安全性・倫理・持続性という課題も抱えています。
食文化として広げるなら、衛生基準・流通の透明化・地域の合意形成が不可欠です。
クマを“食べて減らす”という発想は刺激的ですが、それ以上に大切なのは、「人と自然がどこで線を引くか」を冷静に見つめ直すこと。
私たちの暮らしの在り方が、クマとの距離を決めているのかもしれません。

