高級腕時計のシェアリングサービス「トケマッチ」をめぐる事件は、シェアリングエコノミーを装った大規模な詐欺事件です。
2025年12月26日、運営会社「ネオリバース」の元代表である小湊敬済こと福原敬済容疑者と元従業員が詐欺容疑で逮捕され、長く不透明だったサービスの実態が明らかになりました。
預けたはずの高級腕時計が戻らないという被害は全国に広がり、被害者は650人以上、時計は2,000本を超え、被害総額は時価で約28億円にのぼるとみられています。
この事件は、単なる経営破綻ではありません。利用者の信頼を前提に成り立つシェアリングサービスの仕組みそのものが、悪用された点に深刻さがあります。

トケマッチの仕組みと表向きの説明
トケマッチは2021年3月にサービスを開始しました。
腕時計の所有者がロレックスなどの高級時計を運営会社に預けると、同社が第三者にレンタルし、その対価をもとに所有者へ「預託料」を支払うと説明されていました。特に強調されていたのが、レンタルの有無にかかわらず毎月一定額の預託料が発生するという点です。
この説明は、「使っていない高級時計を預けるだけで安定した収入が得られる」という印象を与え、多くの利用者が安心して時計を預ける理由となりました。しかし実際には、レンタルの実績は乏しく、事業として安定した収益を生み出せる構造ではなかったことが、捜査を通じて浮かび上がっています。
元代表・福原敬済容疑者の人物像と背景
トケマッチ元代表の福原敬済容疑者は、自らを新しい市場を切り開く起業家としてアピールし、サービス開始当初は積極的に外部へ情報発信を行っていました。一方で、経営の中身を見ると、十分な資本力や現実的な事業計画があったとは言い難い状況だったとされています。
高額な預託料の支払いを約束する一方で、それを支える安定した収益源は確保されていませんでした。この時点で、事業は常に資金繰りのリスクを抱えていたと考えられます。さらに捜査では、会社や個人の口座からオンラインカジノ関連口座への送金や暗号資産の購入が確認されています。事業資金が本来の目的とは異なる形で使われていた可能性があり、経営者としての資金管理に重大な問題があったことがうかがえます。
2024年に会社が解散した後、福原容疑者はドバイへ向けて出国しました。その後、国際手配を経て、帰国直後に逮捕されるという異例の経緯をたどっています。
通名を使用していた理由とドバイへ向かった背景
トケマッチ元代表については、「福原」と「小湊」という二つのの名前が報じられています。
小湊敬済が通称・名乗り名で、福原敬済が戸籍上の本名であることを意味します。過去に仕事や対人関係を円滑に進める目的、あるいは自身の経歴や出自を必要以上に詮索されたくないという理由から、通名を使うケースが存在してきました。ただし、本件では事業展開や資金集めの過程で名前を使い分けることで、人物像や責任の所在を分かりにくくし、出資者や取引先の警戒心を下げる効果があった可能性も否定できません。
また、問題が表面化した後にドバイへ渡航したとされる背景には、国際的な金融都市であり外国人の居住や法人設立が容易な点、日本との犯罪人引き渡し手続きが簡単ではない点、さらに多額の資金を保持したまま生活基盤を整えやすい環境があることが挙げられます。
こうした条件がそろっているため、経済犯罪や投資トラブルに関与した人物がドバイを事実上の逃避先として選ぶ例は過去にも見られ、今回のケースもその延長線上で理解することができます。
詐欺の手口 預かった時計はどこへ
トケマッチ事件の核心は、預かった高級腕時計を所有者に無断で質入れ、または売却して現金化していた点にあります。警視庁の調べでは、サービス開始からそれほど時間が経たないうちに、多数の時計が全国の質店や買い取り店に持ち込まれていたとみられています。
所有者に対しては、「時計は保管されている」「レンタルに出されている」と説明し続けていましたが、実際には手元に存在しない状態だった可能性が高いとされています。
ホームページには「預託使用料は毎月発生する」といった文言が掲載され、あたかも安全で確実な運用が行われているかのように見せていましたが、実態は大きく異なっていました。信頼を前提にした典型的な詐欺の手口だったといえます。
被害の広がりと利用者への影響
被害に遭った腕時計は、被害届が提出されているものだけで約1,700本、未提出分を含めると約2,300本に達するとされています。被害者の中には、長年かけて集めたコレクションや、資産として保有していた時計を一度に失った人も少なくありません。
金銭的な損失に加え、「信頼して預けた」という心理的なショックも大きく、被害者の生活や精神面に与えた影響は深刻です。また、この事件をきっかけに、高級品を扱うシェアリングサービス全体への不信感が広がっています。
シェアリングエコノミーが抱える課題
今回の事件は、シェアリングエコノミーの弱点をはっきりと示しました。第三者に資産を預ける以上、事業者の管理体制や財務状況、保証内容が重要になります。しかしトケマッチでは、これらが十分に利用者へ示されていませんでした。法制度や監督の枠組みが追いついていない分野であることも、被害拡大の一因と考えられます。
トケマッチ事件は、「新しい仕組み」や「うまい話」に対して冷静な目を持つ必要性を改めて示しました。高級腕時計のような高額資産を預ける場合、事業者の信頼性や契約内容、保証の実態を慎重に確認することが欠かせません。今後は捜査や裁判の行方だけでなく、同様の被害を防ぐための制度整備と、利用者側のリテラシー向上が求められます。この事件は、シェアリング経済の利便性と危うさを同時に示す象徴的な事例といえるでしょう。

