「境界知能」という言葉をご存知でしょうか? これは、知的障害と健常の間に位置する知的能力を指し、IQが70〜84の範囲にある人々を指します。 彼らは日常生活や社会活動で困難を抱えることが多いものの、法的には「障害者」とは認定されないため、支援の対象から外れてしまうことが少なくありません。
この記事では、境界知能の特徴や抱える困難、犯罪との関連性、そして社会がどのように支援できるのかについて詳しく解説します。
境界知能とは?
境界知能とは、知能指数(IQ)が70〜84の範囲にある人々を指します。 これは、知的障害(IQ69以下)と平均的な知能(IQ85以上)の間に位置し、明確な障害とは認定されないものの、日常生活や社会活動において困難を抱えることが多いです。
日本では人口の約14%、つまり7人に1人が境界知能に該当するとされています。 しかし、知的障害と診断されないため、法的な支援の対象外であるため、福祉サービスを受けにくい現状があります。
境界知能の特徴
学習の困難
境界知能の人々は、学習効果が得られにくく、暗記が苦手で、物事を理解するために時間や手間がかかることが多いです。 そのため、「真剣に取り組んでいない」「やる気がない」と誤解されることがあります。
漢字の読み書き、計算、文章の読解などに苦手意識を持つことが多く、小学校高学年以降、周囲との学習の差が顕著になることがあります。
コミュニケーション・対人関係
相手の表情や仕草から感情を読み取ることが苦手なため、誤解が生じやすいです。他人の意図を読み取ることや、適切なコミュニケーションが難しいため、人間関係でトラブルを起こしやすい傾向があります。 また、冗談や比喩を理解するのが難しいこともあります。
社会生活での困難
お釣りの計算が苦手だったり、衝動買いをしてしまったりと、金銭管理に困難を抱えることがあります。
また、努力しても成果が出にくいため、自己肯定感が低くなりがちです。 さらに、日常生活や社会生活での困難が重なることで、ストレスや疲労が蓄積し、うつ病などの精神的な不調(二次障害)につながるリスクがあります。
境界知能と犯罪の関連性
境界知能の人々は、判断力や先を見通す力が弱いため、詐欺や犯罪に巻き込まれやすい傾向があります。 例えば、SNSなどでの「闇バイト」に誘われ、犯罪に加担してしまうケースも報告されています。
また、犯罪の意図を理解せずに加担してしまうこともあり、加害者でありながら被害者的側面を持つこともあります。
犯罪加害者としての側面
- 「闇バイト」などに利用されやすい: 判断能力が低いことから、特殊詐欺の「受け子」や「出し子」など、犯罪組織の手先として利用されるケースが多く見られます。凶悪事件においても、「判断能力の低い人でなければ、一生を棒に振るような強盗団の手先など務まらない」といった指摘もあります。
- 司法プロセスにおける困難: 過去の事実を記憶し言語化するのが困難な場合があり、裁判の過程で十分な理解を得られず、犯罪化や重罰化につながりやすいとも言われています。
境界知能の人々が抱える生きづらさ
境界知能の人々が日常生活で直面する「生きづらさ」は、見た目にはわかりにくいぶん深刻です。
最も厳しいのは、「周囲に気づかれにくい」という現実です。障害とは診断されず、福祉の対象にもならないため、支援が届かないまま、ずっと苦しみ続けている人が少なくありません。
学習・就労の困難
学校教育の現場では、学力の遅れが目立つにもかかわらず、「普通学級」に在籍することが多いため、十分な学習支援を受けられずに過ごしてしまいます。
努力しても成績が伸びず、周囲から「やる気がない」「怠けている」と誤解されることも少なくありません。これが早い段階から自己肯定感の低下を招き、「どうせ自分なんて」という諦めの感情につながるのです。
社会に出てからも困難は続きます。多くの境界知能の方は、複雑な作業や高度な対人スキルを求められる職場ではうまくいかず、長続きしないことがあります。「仕事が覚えられない」「臨機応変な対応が苦手」といった傾向があり、結果として転職を繰り返すケースも珍しくありません。
周囲の人間関係にもつまずきやすく、ちょっとした注意や冗談を真に受けてしまったり、感情のコントロールが難しかったりするため、人とのトラブルに発展することもあります。
経済的な自立の難しさ
経済的にも不安定になりがちで、金銭管理や契約内容の理解に困難を感じやすく、悪質な業者に騙されたり、高額なサービスを契約してしまったりする事例も報告されています。
特に最近では、SNSを通じた「闇バイト」などに巻き込まれやすく、本人は違法性を理解しないまま加担してしまうケースもあります。こうした人々は加害者でありながら、実際には被害者的な側面も持っているのです。
家庭内での摩擦
家庭生活でも負担が大きくなります。言葉による表現が苦手だったり、思いをうまく伝えられなかったりすることで、配偶者や家族とのコミュニケーションがうまくいかず、孤立してしまうこともあります。支援者や理解者が近くにいない場合、こうした孤立感はさらに深まり、精神的に不安定な状態に陥ってしまうこともあるのです。
社会の課題と支援の必要性
日本の福祉制度や教育制度では、明確に「障害」と認定されなければ特別な支援の対象とはなりません。そのため、境界知能に該当する人々は、学齢期に十分な学習サポートを受ける機会を逃し、社会に出てからも一般就労を求められることが多いのが実情です。しかし、適応力に課題があり、職場での対人関係や仕事の処理能力に悩み、早期に離職するケースが目立ちます。これが経済的不安定さを招き、生活の困窮や社会的孤立につながっていくのです。
また、境界知能の人々は、犯罪に巻き込まれるリスクも高いとされています。2020年の新受刑者に占める境界知能の人の割合は約36%と推定されており、これは社会全体の割合(約14%)を大きく上回っています 。これは、彼らが違法性を理解しないまま加担してしまうケースが少なくないことを示しています。
必要な支援と社会の取り組み
境界知能の人々が抱える問題の本質は、「支援の空白地帯」に置かれているという点にあります。知的障害と診断されるほどではないが、平均的な知的能力を持つ人と同じように社会で自立するのは難しい──そんな“あいまいな領域”にいるために、公的支援が届きにくいのです。
教育・学習支援
こうした社会的な課題を改善するには、まず「境界知能」という概念そのものをもっと社会に周知する必要があります。私たち一人ひとりがこの層の存在に気づき、固定観念ではなく理解をもって接することが第一歩です。また、教育の現場では、境界知能の傾向を早期に見極め、個々に応じた学習支援や社会スキル教育を導入していくことが求められます。
就労支援
就労支援の分野でも、境界知能に特化した支援制度が必要です。例えば、理解しやすいマニュアルの提供、タスクの明確化、職場での簡易的なメンタルサポートなど、小さな配慮が大きな力になります。また、本人の強みや個性を見つけるための適性検査やキャリアカウンセリングも有効です。
日常生活の支援
家族や地域、職場といった身近な場所にも、支援と理解の輪が広がっていくことが理想です。理解者が一人いるだけでも、境界知能の人の生活は大きく変わります。孤立させず、丁寧に対話し、小さな成功体験を積み重ねられる環境づくりが、何よりも重要なのです
社会参加の促進
地域活動への参加や、同じ境遇の人々との交流の場を提供することで、社会とのつながりを持つことができます。
境界知能は決して個人の問題ではなく、社会全体の構造が生み出している「見えにくい課題」でもあります。だからこそ、行政・教育・福祉・雇用の各分野が連携し、包括的な支援体制を整えていくことが、私たち社会に問われている課題といえるでしょう。
まとめ
「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著)などの書籍がベストセラーになったことで、境界知能の問題に対する社会の認識は高まりつつあります。彼らが「生きづらさ」を抱えずに社会で生活できるよう、継続的な支援と理解が求められています。
境界知能の人々は、日常生活や社会活動で多くの困難を抱えていますが、法的な支援の対象外であるため、支援を受けにくい現状があります。 彼らが社会で自立し、活躍するためには、教育・学習支援や就労支援、日常生活の支援、社会参加の促進など、多方面からの支援が必要です。
社会全体で境界知能への理解を深め、支援の体制を整えることが求められています。