2025年7月20日、東京・山手線の車内でモバイルバッテリー(モバイル電源)が発火し、乗客5人が軽傷を負う事故が発生しました。火災は午後4時過ぎ、品川区~新宿区間で発生。消火器を使って乗客が初期消火にあたり、出火元の製品は座席近くに残った状態で列車は新宿駅に向かいました。発火原因はスマートフォンを充電中のバッテリー側。手を火傷した所有者を含め、軽傷5人が確認されています。
東京消防庁によると、2024年(令和6年)の住宅火災におけるリチウムイオン充電池関連火災は106件と報告され、そのうち約35件がモバイルバッテリー関係で、火災全体の約3分の1を占めています。
なぜ急増?モバイルバッテリーの発火の根源と背景
リチウムイオン電池の構造的リスク
リチウムイオン充電池は、高いエネルギー密度と軽量が利点です。
現在普及しているリチウムイオン電池の多くは、電解液に引火性の高い有機溶媒(例: カーボネート系の溶媒)を使用しています。何らかの原因(内部ショート、過充電、外部からの衝撃など)で電池内部に異常な発熱が起こり、熱暴走が始まると、電池の温度は急激に上昇します。この高温によって、可燃性の有機溶媒が気化し、さらに高温になると自己分解してガスを発生させることがあります。そして、熱暴走による発熱と、電解液の自己分解によって発生した可燃性ガスが一定の濃度に達すると、空気中の酸素と反応して引火・発火に至ります。
そのため、燃えにくい電解液や固体電解質を使用する「全固体電池」などの研究・開発が進められています。
安価モバイルバッテリーの流通と安全性低下
近年、中国を中心とする低価格ブランド製品が大量流通していますが、安全性への投資が不十分な業者も多く、不良素材や粗悪な組立、保護回路の未搭載などが頻繁に見られます。安価で販売されるモバイルバッテリーの中には、重量つじつま合わせのため小型セルや砂袋詰め、回路保護の省略、割れやすい筐体など、安全上問題のある製品が存在することが指摘されています。
さらに、急速充電が普及したことで、充放電時の内部発熱が増加。その一方で安全基準の整備とのバランスが追いついておらず、熱管理が不十分な製品では熱暴走リスクが上がっています。
中国での規制強化とリコールの急増
中国では2023年末~2024年にかけて、モバイルバッテリーへの安全認証強化が進みました。2024年8月1日以降は「中国強制認証(3C認証)」が義務化され、3Cマークのない製品は製造・販売・輸入が禁じられました。
2025年6月以降、AnkerやRomossなど主要ブランドが数百万台規模のリコールを実行。Ankerは全世界で1.2百万台以上、Romossも約49万台を自主回収し、安全性を損なうバッテリーセルや素材変更、品質管理不備が問題視されました。
中国民用航空局(CAAC)は2025年6月28日から、 3C認証なし、またはリコール対象のバッテリーは国内線への持ち込み禁止 とする航空規定を施行。これにより空港セキュリティで大量没収が相次ぎました。さらに、飛行機内での使用や上部収納棚への収納を全面禁止とし、常に視認でき、必要に応じて取り出せる状態で携行することが求められています。
モバイルバッテリーの日本での状況と消費者への影響
モバイルバッテリーの市場の拡大と低価格化
安価な非純正バッテリーの多くは海外、特に中国製が多いとされています。
これらの製品は、正規メーカーの厳しい品質管理基準を満たしていないものや、安全保護回路が不十分なもの、粗悪な材料を使用しているものなどが含まれている可能性があります。
リチウムイオン電池はスマートフォン、モバイルバッテリー、ノートPC、電動アシスト自転車、充電式工具、ハンディ掃除機など、あらゆる製品に搭載され、生活に不可欠な存在となっています。
また、純正品よりも安価な非純正バッテリーが多数流通しており、特にオンラインストアやフリマアプリなどで手軽に入手できます。さらに、リチウムの国際相場は2022年後半をピークに大きく下落しており、これがバッテリーの低価格化にも影響を与えている可能性があります。
多発するモバイルバッテリーの発火事故
製品評価技術基盤機構(NITE)や消費者庁は、安価な非純正バッテリーによる事故の多発について繰り返し注意喚起を行っています。
2014年から2023年までの10年間で、NITEに通知された非純正バッテリーによる事故は235件あり、そのうち227件が火災に発展しています。中には建物が全焼するような大規模な火災も発生しています。
このような状況のなかで、山手線での発火事故発祥源が2023年6月にリコール対象となったcheero製「Flat 10000mAh」であったことが、製造元によって確認され、公的にも謝罪・回収対応の告知が行われました。
消費者が知っておくべきこと・取るべき対策
1.所有中のモバイルバッテリーを確認する
- メーカー公式サイトでリコール対象モデルかを確認。
- 3Cマーク(中国製品)、安全ラベル、認証番号の有無をチェック。
- cheeroやAnkerなど、通知・告知されているブランド製品は特に注意。
2.使用方法の注意点
- 夏場の高温場所(直射日光下、自動車車内など)での放置は避ける。
- 過充電、長期間未使用のバッテリーは状態が劣化しやすい。
- 携帯時は金属と接触しないよう絶縁ケースや専用ポーチ使用を推奨。
- 飛行機や公共交通機関では、できるだけ「目で見える場所」で使用し、安全に監視することが重要です(航空会社ルールの変更により。
3.購入時の注意点と信頼できる選択
- 安価すぎるノーブランド品は避け、信頼あるメーカーの製品を選ぶ。
- 高速充電対応モデルは安全回路・熱制御に配慮されたものを選定。
- 商品説明に「3C認証」「UL認証」「PSE」「過電流/過熱保護回路」などの明示があるか確認。
4.廃棄・リコール対応
- リコール対象の場合は、使用を直ちに中止し、メーカーの手続きに従って回収・交換を行う。
- リチウムイオン電池は一般のごみ箱には捨てず、市区町村の危険廃棄物規定に従って処理。
経済産業省 リコール情報 > リチウム電池使用製品
消費者庁リコール情報サイト

モバイルバッテリーの発火問題急増の構造的背景
● サプライチェーンの断絶とコスト競争
バッテリーセルの主要サプライヤーであるApex(旧Amprius)社が材料変更・管理不足により3C認証停止、AnkerやRomossなど複数ブランドに影響が波及。多くの企業がコスト削減のために安全性の裏付けの弱い製品を使うことが、品質不安の根底にあります。
● 技術発展と制度の追いつかなさ
急速充電規格(PD等)の普及により、出力スペックは向上しましたが、それに見合う国内外の規制・試験基準はまだ整備途上。結果として新しい機能に対応できない低品質製品や、制度化が追いつかない製品流通を抑えきれなくなっています。
● グローバルでの安全想起と規制強化の流れ
中国では2024年後半からモバイル電源が3C必須対象となり、2025年には航空規制も施行。米国や日本でも同様にリコールや安全指導が強化されており、業界全体が安全性に対して厳しい対応を迫られています。
安全なモバイルバッテリー利用のために
ポイント | 対策 |
---|---|
リコール確認 | メーカー公表情報を逐一確認。 |
認証・ラベル確認 | 3C、UL、PSE表記の有無を重視。 |
使用時の注意 | 過熱・衝撃・金属接触を避け、目に見える場所で管理。 |
購入基準 | 信頼あるメーカー、保護回路付き、高評価製品を選ぶ。 |
廃棄・交換 | 廃棄方法や回収対応を遵守。 |
モバイルバッテリーは日常生活で非常に便利なアイテムですが、火災や発煙のリスクも伴います。中でも、質の低い安価な製品やリコール対象品の使用は非常に危険です。リチウムイオン電池の発火リスクは製品単位で異なり、安全なモデルも多く存在しますが、「どの製品を」「いつ」「どのように使うか」を消費者自身がしっかり管理することが求められます。
今回の山手線発火事故を教訓に、安全性に配慮した使用習慣と製品選択を心がけましょう。