2026年2月5日、近畿大学が高級魚ノドグロ(標準和名:アカムツ)の完全養殖に世界で初めて成功したと発表しました。このニュースは、水産業界だけでなく、食文化や資源問題の観点からも大きな注目を集めています。
ノドグロは「白身のトロ」とも呼ばれるほど脂がのった上質な味わいで知られる人気の魚です。しかし天然の漁獲量が少なく、価格も高騰しやすいため、一般家庭で気軽に食べられる存在ではありませんでした。今回の完全養殖成功は、こうした状況を大きく変える可能性を秘めています。
本記事では、今回の成果の意味、養殖の難しさ、そして将来への期待について、わかりやすく解説します。
ノドグロとはどんな魚なのか
ノドグロは日本海側を中心に生息する深海魚で、水深100メートル前後の海域に住んでいます。脂が非常に多く、焼き魚や煮付け、寿司などで高級食材として扱われています。
市場価格は不安定で、1キロあたり7000円から1万6000円程度まで変動することもあり、漁獲量の少なさが価格の高さにつながっています。こうした背景から、安定供給を目指す養殖技術の確立は長年の課題でした。
「完全養殖」とは何か
今回のニュースで重要なキーワードが「完全養殖」です。
これは単に魚を水槽や生け簀で育てるだけではありません。人工的にふ化させた魚を成魚まで育て、その魚が産んだ卵からさらに次世代を育てるという、いわば“生命のサイクル”を人の手で確立することを意味します。
この仕組みができれば、天然の稚魚に頼る必要がなくなり、安定的な生産が可能になります。資源保護という観点でも大きな意義があります。
近畿大学は2015年から研究を開始し、2016年には人工ふ化に成功。その後、稚魚の量産化や成長過程の研究を続け、ついに人工的に育てた親魚から次世代の稚魚を誕生させることに成功しました。
この達成によって、ノドグロの完全養殖が世界で初めて実現したのです。
なぜノドグロの養殖は難しいのか
ノドグロは養殖が極めて難しい魚として知られています。その理由はいくつもあります。
まず、深海に生息するため、光や振動、環境の変化に非常に敏感です。水温や水圧、明るさの管理が少しでもずれると、生存率が大きく下がるといわれています。
さらに、生態に不明な部分が多く、稚魚から成魚になるまでの育成過程が複雑です。特に、人工ふ化した個体の9割以上がオスになるという課題もあり、繁殖を安定させるための研究が続いています。
こうした技術的な壁を乗り越えるには長い年月が必要でした。近畿大学が約10年かけて研究を重ねた結果、ようやく今回の成果にたどり着いたのです。
近大マグロに続く快挙
近畿大学といえば、「近大マグロ」で知られています。クロマグロの完全養殖に成功し、ブランド魚として社会に広く認知されました。
今回のノドグロも、いわばその次の挑戦といえます。
人工ふ化によって育てた魚が親となり、さらに卵を産んで次世代が生まれる。このサイクルが確立されることで、安定した生産が可能になります。研究所では現在、数千匹規模の稚魚の育成が進められています。
食用サイズに成長するまでには約3年ほどかかるとされ、今後は飼育技術の安定化や品種改良が進められる予定です。
商品化はいつ?一般に届くまでの道のり
気になるのは、いつ食卓に並ぶのかという点です。
現時点では研究段階であり、すぐに大量流通するわけではありません。今後は以下のような課題があります。
・成長速度の遅さ
・雌の比率を増やす技術
・病気対策や飼料の改善
・採算性の確保
研究が順調に進めば、2030年前後には商業化が本格化する可能性があるとみられています。
まずは大学の関連施設や飲食店で提供され、徐々に養殖業者へ稚魚が供給される形で広がっていく見通しです。
完全養殖がもたらす社会的な意味
今回の成功は、単に「おいしい魚が増える」という話ではありません。
大きなポイントは以下の3つです。
1. 資源保護につながる
天然のノドグロは漁獲量が少なく、乱獲による資源減少が懸念されています。完全養殖が広がれば、天然資源への依存を減らすことができます。
2. 価格の安定
天然魚は天候や漁獲量に左右され、価格が大きく変動します。養殖が普及すれば、価格が安定し、消費者が手に取りやすくなります。
3. 地域産業の活性化
養殖技術は新しい産業を生み、地方の水産業の発展にもつながります。
それでも残る課題
とはいえ、完全養殖が成功したからといって、すぐにビジネスとして成立するわけではありません。
養殖は設備投資や餌代、人件費がかかり、採算を取るのが難しい側面があります。過去には完全養殖のマグロでもコストの問題が指摘されたことがありました。
ノドグロでも同様に、
・成長が遅い
・管理が難しい
・生態の未知の部分が多い
といった問題が残っています。
今後は「いかに効率よく育てるか」が重要なテーマになります。
未来の食卓を変える可能性
それでも今回の成果は、日本の水産研究の大きな前進です。
これまで高級店でしか食べられなかったノドグロが、将来的にはもっと身近な存在になるかもしれません。さらに、完全養殖の技術は他の魚種にも応用され、持続可能な食料供給の実現につながる可能性があります。
研究者が10年以上かけて積み上げてきた努力は、やがて私たちの生活を変える力を持っています。
「白身のトロ」と呼ばれるノドグロが、特別な日のごちそうではなく、日常の食卓に並ぶ日が来る――。
今回のニュースは、その未来への第一歩と言えるでしょう。
