2026年2月、退職代行サービス「モームリ」を運営する会社の社長夫妻が、弁護士法違反の疑いで警視庁に逮捕されました。
このニュースは、退職代行というサービスそのものに不安を感じた人も多かったのではないでしょうか。「退職代行は違法なのか」「利用しても問題はないのか」といった疑問が、SNSや検索でも急増しています。
結論から言えば、退職代行サービス自体は違法ではありません。ただし今回の事件は、退職代行が法律の一線を越えた場合、刑事責任を問われる可能性があることを示した象徴的なケースだと言えます。重要なのは、「退職代行の何が問題になったのか」を正しく理解することです。
そもそも退職代行サービスとは何か
退職代行とは、本人に代わって勤務先に退職の意思を伝えるサービスです。直接会社に連絡する精神的負担を避けたい人や、強い引き止めが予想されるケースなどで利用が広がってきました。日本では2010年代後半から急速に認知され、現在では多くの事業者が参入しています。
ここで重要なのは、退職代行が行えるのは「退職の意思表示の伝達」に限られるという点です。退職する意思を伝えること自体は、法律上、本人の自由であり、第三者が伝達を代行することも違法ではありません。この範囲にとどまっている限り、民間企業が提供する退職代行サービスも合法とされています。
「モームリ」事件で問題になった本当のポイント
今回の事件で警視庁が問題視したのは、退職代行という仕組みそのものではありません。焦点となったのは、弁護士資格を持たない人物が、退職代行の利用者を弁護士に紹介し、その見返りとして報酬を受け取っていた疑いです。
報道によれば、「モームリ」の運営側は、自社では対応できない、会社側とのトラブルが予想される依頼者を弁護士に紹介し、いわゆるキックバックを受け取っていたとみられています。この行為が、弁護士法で禁止されている「非弁行為」や「有償あっせん」に該当する可能性が高いとして、逮捕に至りました。
単なる善意の紹介であれば問題にならない場合もありますが、今回は「報酬目的で」「継続的に」行われていた点が、違法性を強くしたと考えられます。
なぜ弁護士でない人のあっせんが禁止されているのか
弁護士法がこうした行為を厳しく制限している理由は、依頼者保護にあります。もし弁護士が、紹介してきた業者との関係を気にしながら業務を行えば、本来依頼者の利益を最優先にすべき判断が歪められる恐れがあります。
弁護士は、依頼者のためだけに独立した立場で職務を行う存在です。その独立性を守るため、金銭が絡むあっせん行為は原則として禁止されています。今回の事件は、そのルールを逸脱した疑いが持たれたという点で、刑事事件に発展しました。
退職代行はどこまでが合法なのか
退職代行を考える際、多くの人が不安に感じるのが「どこから違法になるのか」という点でしょう。合法とされるのは、あくまで退職の意思を会社に伝える行為や、退職日などの事務的な連絡に限られます。
一方で、未払い残業代の請求、有給休暇の取得をめぐる交渉、損害賠償請求への対応など、法律的な判断や交渉が必要になる行為は、弁護士でなければ行うことができません。ここに踏み込むと、退職代行業者側が違法行為を行っていると判断される可能性があります。
安全な退職代行サービスを選ぶために大切な視点
今回の事件を受け、退職代行サービスを選ぶ際には、これまで以上に慎重な判断が求められます。特に重要となるのは、次の3つの視点です。
運営主体が明確かどうか
まず確認すべきなのは、その退職代行サービスがどのような組織によって運営されているのかという点です。公式サイトに、
- 運営会社名
- 所在地
- 代表者名
- 連絡先
が明確に記載されているかは、最低限チェックしておきたいポイントです。これらの情報が曖昧な場合、トラブル時に責任の所在が不明確になる恐れがあります。
サービス内容の説明が具体的か
次に重要なのは、サービスの範囲がはっきり説明されているかどうかです。信頼できる退職代行業者は、
- 対応できる内容
- 対応できない内容
を明確に区別して説明しています。「どんなトラブルでも対応可能」「すべてお任せで大丈夫」といった表現を多用している場合は、法律の一線を越えている可能性もあるため注意が必要です。
弁護士との関係が実態を伴っているか
「弁護士監修」「弁護士と提携」という言葉だけで安心してしまうのは危険です。重要なのは、
- 実際に誰が会社とやり取りをするのか
- 法律交渉が必要になった場合、弁護士が直接対応する体制になっているのか
という点です。未払い賃金の請求や会社との紛争が予想される場合は、最初から弁護士が直接対応する退職代行サービスを選ぶほうが、安全性は高いと言えるでしょう。
弁護士による退職代行という選択肢
弁護士が行う退職代行は、費用が高めになる傾向がありますが、法律トラブルを含めて一貫して対応できる点が最大の強みです。会社側から損害賠償を示唆された場合や、未払い賃金の請求を考えている場合には、弁護士による退職代行を選ぶことで、後のトラブルを防ぎやすくなります。
単に「辞める意思を伝えたいだけ」の場合と、「紛争になる可能性がある場合」とでは、選ぶべきサービスが異なるという点を理解しておくことが重要です。
事件が示した法的問題と企業体質
今回の「モームリ」をめぐる事件は、退職代行というサービスそのものを違法と断じるものではありません。
しかし、弁護士資格を持たない事業者が、報酬を得る目的で法律事務を弁護士にあっせんしていた疑いが持たれた点は、弁護士法が明確に禁じる行為であり、警視庁が摘発に踏み切った理由でもあります。紹介料を「広告費」などの名目で処理していたとされる点からは、違法性を認識しながら組織的に行われていた可能性も浮かび上がっています。
また、逮捕をきっかけに報じられた社内の実態も見過ごせません。「ブラック企業からの解放」を掲げる一方で、内部ではパワハラ的な叱責や強い恐怖支配があったとする証言、さらには元従業員に対する高額な損害賠償請求訴訟の存在が明らかになりました。こうした点は、同社の掲げてきた理念と実態との乖離を印象づける結果となっています。
利用者と業界に突きつけられた現実
この事件は、利用者にとっても決して他人事ではありません。運営トップの逮捕により、進行中の退職代行が滞る、あるいは会社側から正式な交渉相手として扱われなくなるといったリスクが現実的に懸念されます。退職代行は「使えば必ず安全」というものではなく、運営体制によって信頼性が大きく左右されるサービスであることが、改めて浮き彫りになりました。
同時に今回の摘発は、民間業者による非弁行為のグレーゾーンに対し、警察が本格的に踏み込んだ象徴的な事例とも言えます。今後は、弁護士が直接関与しない退職代行サービスに対して、より厳しい監視の目が向けられる可能性があります。利用者には、価格や手軽さだけでなく、法的な安全性や運営主体を見極めた上で、慎重にサービスを選ぶ姿勢がこれまで以上に求められるでしょう。
