医療や介護の現場で働く人々にとって、近年特に注目されている深刻な問題が「ペイハラ(ペイシェントハラスメント)」です。
これは患者やその家族から医療従事者への暴力や暴言、不当な要求などのハラスメント行為を指します。
2025年4月には、女優の広末涼子さんが看護師に対して暴力をふるい、現行犯逮捕されるという事件が発生し、ペイハラ問題に大きな注目が集まりました。
この記事では、ペイハラの定義や実態、そして医療現場が取るべき対策について詳しく解説します。
広末涼子さん逮捕が社会に投げかけた波紋
2025年4月上旬、俳優の広末涼子さんが静岡県内の医療機関で、対応中の看護師を蹴ったり引っかいたりするなどして、現行犯逮捕されました。その後釈放されましたが、この事件は医療・介護の現場で日常的に発生している「ペイハラ」の問題に対する世間の関心を一気に高めました。
「患者から暴言を受けた」「暴力を受けた」といった理由で職場を辞める看護師も少なくないようです。
ハラスメントを受けることが日常化してしまっている職場環境は、医療人材の確保・定着をますます困難にしています。
ペイハラとは?――定義とその具体例
「ペイハラ」とは「ペイシェントハラスメント」の略で、患者またはその家族などが、医療や介護の従事者に対して行う迷惑行為のことを指します。
具体的なペイハラの例
- 大声で怒鳴る
- スタッフに身体的暴力を加える
- 過剰な説明を何度も要求し、業務を妨げる
- 看護師に性的な言動をする
- 介護職員に土下座を強要する
ペイハラの心理的要因とは?
ペイシェントハラスメント(ペイハラ)の原因には、患者やその家族の心理的な要因が考えられます。
【患者やその家族の心理的な要因】
- 誤った権利意識
- メンタル障害やパーソナリティ障害
- 病気や治療方針、ケアに対する不満や不安
- 恐怖や怒りなどの感情
- 差別意識や偏見
- 反社会的性格
また、病院やクリニック側の要因として、次のようなものも考えられます。スタッフの説明不足やオペレーションミス、高圧的な態度、情報共有不足による認識齟齬、 待ち時間の長さなどです。
ペイハラは増えている?データが示す実態
東京都が2025年4月に施行した「カスタマーハラスメント防止条例」によれば、ハラスメントを経験したと答えた人のうち、医療・福祉業界は約43%と、他業種と比べても非常に高い割合です。
さらに、ここ3年で「ペイハラが増えた」と感じている医療・福祉従事者も全体の3割を超えています。
この数字は、表に出ているケースだけにとどまらず、泣き寝入りしている被害が多数あることを示唆しています。
ペイハラ対策マニュアルとは?
厚生労働省では、企業向けにカスタマーハラスメント対策マニュアルを公開しており、医療機関もこれをベースに独自の「ペイハラ対策マニュアル」を作成しています。
参考)医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策について(厚生労働省)
主な対策内容
- ハラスメントがあった際の対応フローの整備
- 録音・録画などの証拠保全
- 看板やポスターで院内に注意喚起
- 職員向け研修と心のケアの実施
- 外部の相談窓口と連携
これらの対応により、職員の安心感を高めるとともに、悪質なハラスメントへの抑止効果も期待できます。

介護現場におけるペイハラの特徴
介護の現場でもペイハラは大きな問題です。特に認知症高齢者を相手にする場面では、本人が悪意なく職員に暴力をふるってしまうケースもあり、対応がより難しくなります。
また、家族からの過度なクレームや要求も介護スタッフの大きな負担になっています。
離職率の高い介護業界では、ペイハラを理由に仕事を辞める職員も多く、サービスの質や継続性に影響を及ぼしています。
患者が受ける“ドクハラ”も存在する
ペイハラが医療従事者へのハラスメントを指す一方で、患者側が被害を受けるハラスメントも存在します。それが「ドクハラ(ドクターハラスメント)」です。
ドクハラとは?
「ドクハラ」とは、医師や看護師など医療従事者が患者に対して行う不適切な言動や態度を指すハラスメントです。
たとえば以下のようなケースが該当します。
- 質問しただけで「そんなことも知らないの?」と小馬鹿にされる
- 患者の話を最後まで聞かずに診察を終える
- セクシャルな発言をされる(セクハラとドクハラの複合型)
- 治療を断る、あるいは恫喝的な態度で従わせようとする
- 痛みや不安を軽視して「気にしすぎ」と一蹴される
医療現場における「権威性」や「専門性の非対称性」が背景にあり、患者が黙って我慢してしまうケースが少なくありません。
○○ハラはこんなにある!ハラスメントの種類一覧
職場や日常におけるハラスメントには多くの種類が存在します。以下はその一部です。
- パワハラ:職務上の立場を利用した圧力
- セクハラ:性的言動による不快感
- マタハラ:妊娠・出産を理由とした差別や嫌がらせ
- スメハラ:体臭や香水の強さで周囲に不快を与える行為
- カスハラ:顧客による従業員への理不尽な要求
- ペイハラ:患者や家族による医療従事者への嫌がらせ
- モラハラ:道徳や倫理に反する嫌がらせ行為
- ジェンハラ:性別に基づく差別的な言動や固定観念の押し付け。
- エイハラ:年齢に基づいた差別や嫌がらせ。若年層・高齢層いずれも被害に遭う。
これらのハラスメントは、一つひとつが人間関係を破壊し、組織や社会の健全性を損なう要因です。
ペイハラ対策は社会全体で考える課題
「ペイハラ」は、単に医療機関内の問題ではありません。
医療や介護は「人」と「人」が接する現場です。だからこそ、信頼と尊重の心が必要です。
一人ひとりが「医療従事者も同じ人間である」という認識を持ち、暴力や嫌がらせは絶対に許されないという社会的合意を築くことが、持続可能な医療体制を守る鍵となるのです。