ウナギ取引規制案が否決へ ワシントン条約とは?資源管理の課題と遡上問題

ウナギ取引規制案が否決へ ワシントン条約とは?資源管理の課題と遡上問題 ペット・動物
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2025年12月4日、ウナギの国際取引を規制する案がワシントン条約の締約国会議で正式に否決されました

ニホンウナギを含むすべてのウナギを規制対象にするという内容は、採択に必要な賛成を得られず、現行の取引はこれまでどおり続けられることになりました。しかし、これは「ウナギの問題が解決した」という意味ではありません。資源の減少、違法取引、そしてダムや堰によってウナギが川を遡上できない環境問題など、依然として多くの課題が残っています

本記事では、今回の否決の背景とともに、ワシントン条約とはどんな条約なのか、もし規制されていたら何が起きたのか、さらにウナギが「遡上できない」――つまり川から海、海から川へ戻れない――という生態上・環境上の深刻な問題まで、わかりやすく解説します。

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ワシントン条約(CITES)とは何か

「ワシントン条約(CITES)」は、絶滅のおそれがある野生動植物の国際取引を規制するための国際条約で、1973年に採択、1975年に発効しました。正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」で、現在、180以上の国・地域が締約国となっています。日本も1980年から加盟しています。
この条約では、国際取引が生態系に与える影響の大きさに応じて、対象となる動植物を「附属書Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」に分類し、それぞれ異なる規制を設けています。たとえば、附属書Ⅰに載る種は商業目的での取引が原則禁止、附属書Ⅱでは条件付きで輸出入が認められます。

条約の目的は、希少な野生生物が国際市場で過剰に取引されることで絶滅の危機に陥ることを防ぎ、生態系の保全と生物多様性の維持を図ることにあります。

なぜウナギが議題に? そして規制されるとどうなるのか

近年、世界的にウナギの個体数が深刻に減少しており、若い稚魚や成魚の数が激減しています。

これは乱獲、違法取引、海洋環境の劣化、水質汚染、そして川や海への「行き来」を阻むインフラ整備──たとえばダム、水門、ポンプ場など──が原因とされています。これらがウナギの長距離回遊や遡上/降下を妨げ、結果として「次世代が育たない」「産卵・回帰できない」状況になっています。

こうした現状を受け、ウナギの国際取引を管理下に置くことで、違法な流通や過剰漁獲を防ぎ、資源の持続可能な利用を促す――という目的で、今回の取引規制案が提出されました。

もし規制が可決されていれば、ウナギを輸出入する際、政府の許可や証明書の取得が必須となり、商業目的での取り引きは大きく制限されていた可能性があります。これにより、流通の透明性が高まり、違法取引は減ると期待されました。一方で、日本などウナギを多く消費・養殖する国では、輸入に頼るウナギの価格高騰や供給不足が懸念されたため、慎重な意見が相次ぎました。実際に今回の会議では日本や米国、中国などの主要消費・流通国が反対し、採択に必要な賛成の3分の2に届かず、提案は否決されました

では否決されたから問題は解決? いえ、むしろ見えにくい問題が残る

今回の否決で「国際的な一律規制」は導入されませんでした。しかし、それがウナギ資源の減少や違法取引の終息を意味するわけではありません。「規制がない=流通は自由」のままでは、密漁や非公式ルートの取引、乱獲、天然稚魚(シラスウナギ)への過剰な依存――これらが続けば、ウナギの資源はさらに脆弱になります。専門家は「条約だけが万能な解決策ではない」「むしろ水産庁や各国政府による科学的資源管理、国内流通の透明化、トレーサビリティ強化が不可欠」と指摘しています。

たとえば、養殖業者がどこからどうやってウナギの稚魚を入手したか、その数をどのくらい使ったか、販売先はどこか――こうした情報をきちんと記録し、管理する体制が求められています。また、密漁や違法輸出入への対策、適正な漁獲量の設定とその遵守など、行政・業界・消費者が一体となる取り組みが必要です。

ウナギが「遡上できない」――なぜ問題か

ウナギはその生涯の大半を川や汽水域で過ごし、成熟すると海へ下り、産卵後に命を終えるという複雑な回遊魚です。次世代となる稚魚(シラスウナギ)は再び川へ戻り、育ち、再び海へ――というライフサイクルを繰り返します。しかし、ダムや堰、水門、発電所のタービン、あるいはポンプ場などのインフラが増えることで、その「行き帰り」が阻まれ、遡上できない、あるいは降海できずに命を落とす個体も増えています。こうした「遡上障壁」は欧州や日本をはじめ多くの地域で深刻な問題とされており、ウナギの減少の主因の一つです。

さらに、こうした環境要因に加え、乱獲や稚魚の過剰採捕、海洋環境の悪化や気候変動といった複数の要因が重なっており、「たとえ規制があっても、川と海をつなぐ環境インフラの整備なしではウナギの回復は非常に難しい」というのが科学者・研究者たちの一致した見解です。

ウナギ取引の追跡開始、流通透明化・密漁撲滅に期待…「稚魚に番号」届け出義務化
【読売新聞】 水産物に漁獲番号を割り振って取引記録を追跡できるようにする制度の対象魚種に、1日からニホンウナギの稚魚「シラスウナギ」が加わった。高値で取引されるシラスウナギはトレーサビリティー(履歴管理)の不透明さが問題となっており

私たち消費者にもできること ― 持続可能なウナギとの関わり方

ウナギの将来を考えるとき、締約国会議や業界だけでなく、消費者の選択も重要です。たとえば、産地や養殖業者が明示されていて、トレーサビリティが確保されたウナギを選ぶ。あるいは、旬や漁期を把握して食べる量を見直す。希少性や資源管理の状況を知ってから購入を判断したりするだけでも、市場に与える需要の圧力は変わります。また、地域の養殖業や漁業に対して、資源管理や環境改善への取り組みを支持する姿勢を持つことも大切です。

今回の否決は一区切り――しかしウナギ資源の持続可能性に向けた本当のスタートとも言える

国際取引の一律規制案が否決されたことで、即座に輸入・流通が止まることはありません。しかし、それは「問題解決」ではなく、「見えにくくなるだけ」の可能性も孕んでいます。これからは、条約に頼るだけでなく、各国や地域が自国の事情に応じた科学的できめ細かい資源管理――回遊・遡上ルートの保全、漁獲量のモニタリング、養殖・流通の透明性、消費者の理解――を進める必要があります。そうした取り組みがなければ、「今は食べられているから大丈夫」という安心感の裏で、ウナギは静かに、しかし確実に減っていくかもしれません。

ウナギは日本の食文化に深く根づいています。しかし、その背後には、数十年にわたる資源の減少と、生態系・環境への深刻な影があります。今回のワシントン条約の否決は終着点ではなく、問題に向き合うための“次の段階”への合図だと捉えるべきです。私たち一人ひとりが、ウナギの未来を考える――その姿勢が、持続可能な資源利用への第一歩になると信じています。

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