2025年5月、伊東市で女性として初めて市長に就任した田久保眞紀氏。
「市民本位の市政」「利害に左右されない行政の透明化」を掲げて当選したその姿に、多くの市民は希望を託しました。
ところが、就任からわずか1か月後、学歴に関する記載の不一致が発覚。市議会は辞職勧告を決議し、田久保氏は辞職へと追い込まれます。
この出来事は、単なる経歴の誤表記にとどまらず、地方政治における構造的な課題や、首長と議会、行政、地元業界との力関係を浮き彫りにしました。
本記事では、田久保氏の辞職に至る経緯と背景、そして兵庫県で話題となった齋藤知事の事例にも触れながら、「政治の信頼」と「変革の難しさ」を考察します。
伊東市:田久保眞紀氏登場の背景
伊東市におけるメガソーラー計画と市民の反発
まず、なぜ田久保氏が市長選に立候補したのか。その背景には、伊東市で進められた大規模メガソーラー計画と42億円規模の新図書館整備構想がありました。
これらの案件は環境や景観への影響、財政負担や行政の意思決定手続きの不透明さなど、市民の間に様々な疑問と不信感を生んでいました。
元々、田久保氏はメガソーラー反対運動の代表として住民の声を代弁し、2019年には市議選で初当選。2023年の再選を経て、2025年5月の市長選では「市民の声が届く市政」「行政の透明化」を掲げ、現職の小野達也氏を僅差で破り、伊東市初の女性市長として誕生しました。

田久保氏の経歴と市政への志
千葉県出身の田久保氏は、伊東市に転居後、地元の中学・高校を経て東洋大学法学部に進学。その後、バイク便ライダーや広告代理店の経営など、実務に根ざした多彩な職歴を経験します。
2018年からはメガソーラー反対運動を主導し、2019年に市議会議員に初当選。2023年に再選され、2025年の市長選に挑戦するに至りました。
当選後も、行政と住民の距離を縮めるため、情報公開と参加型の意思決定を推進する方針を示していました。
伊東市長就任から辞職までの急展開
怪文書の出現と学歴問題の発覚
就任から間もない2025年6月、ある怪文書が市議会やメディアに出回ります。市議全員に届いた手紙には、「大学中退どころか、私は除籍であったと記憶している」「議会に真実の追及を求める」と記されていました。
当初、田久保氏は「卒業したとの認識だった」と反論。卒業したことを示す資料を議長と副議長に提示しましたが、大学への照会の結果、正式には卒業しておらず除籍であったことが明らかになり、議会・メディア・市民の批判が一気に高まりました。
組織的な働きかけの可能性
この情報を最初に告発したのは、地元の建設業に携わる企業の経営者でした。
田久保氏がメガソーラー計画に反対し、大規模公共工事にも慎重な姿勢を示していたことから、こうした構図が疑われる状況にあったのは事実です。
もちろん、学歴の誤記載が本人の責任であることは否定できません。しかし、情報が選挙後ではなく、市政を本格始動する直前に一斉に出回った点には、意図的なタイミングの巧妙さを感じざるを得ません。
改革の旗手が直面する「壁」
情報発信と説明責任の限界
田久保氏の対応には、明らかに準備不足が見られました。情報公開の不徹底、説明内容の一貫性の欠如など、信頼を回復する機会を自ら手放してしまったのです。
一部では、「卒業と除籍の違いを把握していなかった」といった釈明もありましたが、市民の目線からすれば、その点こそがリーダーとしての資質を問う要素になってしまいました。
齋藤元彦知事の事例との比較
兵庫県では2024年、齋藤元彦知事が職員への強圧的な言動や、庁内外への情報操作疑惑を理由に不信任決議を受けました。
齋藤知事は辞職・出直し選挙で再選を果たしたものの、後に政治資金をめぐる問題で書類送検される事態となり、再び信頼が揺らいでいます。
この一連の流れは、地方自治体におけるリーダーの立場がいかに不安定であり、信頼を得るまでにどれだけ時間を要するか、そしてそれを失うのは一瞬だという現実を示しています。
改革を進めるには「誠実さ」と「準備」が不可欠
4-1 スローガンだけでは政治は変わらない
田久保氏は「市民の声を聞く政治」「不透明な関係を断つ」ことを訴えましたが、政治は理想論だけでは動きません。
改革を進めるには、政策の実効性とともに、周囲との信頼関係構築、情報管理、批判への備えといった、極めて現実的な手腕が必要です。
学歴詐称の問題は「信頼の基礎」を崩す
SNS上では「東大でもないのに学歴を偽る意味がわからない」という声もありましたが、問題は“どこの大学か”ではなく、“事実をどう扱ったか”です。
たった一つの誤りが、信頼という土台を根こそぎ崩すことがある。それは、どれだけ志を持っていても変わりません。
政治に必要なのは、覚悟と説明責任
改革を志す政治家には、大きな理想と信念が求められます。
しかし、それ以上に重要なのは「信頼され続けること」、そして「いかなるときも事実に基づいて丁寧に説明すること」です。
田久保氏の辞職劇は、一人の政治家の失敗であると同時に、地方政治が抱えるリーダー像の難しさ、構造的な力関係の難しさを私たちに突きつけました。